名古屋にシロクマが!

2006年12月16日、ロンジン・マリー馬場勝吉とフランソワ・マリー丸山幸一がリトル・ペブル同宿会の同宿服を着衣しました! かっこいいねぇ! これで秋田の3匹とあわせて、全部で5匹! 来年は第2の「白装束」がブームになるかも!

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ブタじゃないよう~!(続き)

2006年11月24日、名古屋共同体にて……

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12月1日、同宿服の着衣式

ミシェル・マリー・フランソワ奥田力と、コルベ・マリー阿部哲朗は2006年12月1日、リトル・ペブルの「清水小屋」共同体で、第2ミサの中で「リトル・ペブル同宿会」の着衣式を受けました。

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2006年7月29日 名古屋でのご出現(抜粋)

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マリー・マドレーヌ杉浦律子のエピソード

 2006年10月13日「償いの日」の聖体行列のあと。みんなでティーブレークしているときのお話し。
 マリー・マドレーヌは約15年前(?)、ある、サンダミアーノの御出現を信じる信者さんから、日本の巡礼のために作られたサンダミアーノのマリア様の白い像が各家庭を回るという話を聞いて、祈り会に来ないかと誘われたんだ。マリア様に手紙を書くと言うことがあって、このときに「聖痕を下さい。シスターになりたい。早く洗礼受けて改宗したい。聖体拝領して死にたい…」などお願いを書いて点字のまま、マリア様に渡したそうな。
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遠足@栗駒高原、2006年10月28日

ジャン・マリー「白熊」神父(Father Jean-Marie of the Risen Son of God)の叙階2周年を記念して、みんなで栗駒高原へ遠足に行ったよ!

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2006年6月28日 名古屋でのご出現(抜粋)

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2006年6月27日 名古屋でのご出現(抜粋)

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YouTube にアップしました!

2006年9月8日秋田県湯沢市「寺沢」でのご出現。元の画質自体が荒いので……。うまくアップできたかなぁ? 

動画:2006年9月8日「寺沢」でのご出現

2006年9月8日午後、秋田県湯沢市雄勝地区「寺沢」の殉教公園でのご出現。

動画(14分9秒、wmvファイル、13.6MB)

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動画:第1回「寺沢の殉教者たち」をたたえる荘厳ミサ

 2006年9月4日午後3:00、秋田県湯沢市雄勝地区「寺沢」の殉教公園にて行われた、第1回「寺沢の殉教者たち」をたたえる荘厳ミサにて、ジャン・マリー神父の「説教」と、マリー・マドレーヌ杉浦律子、ミシェル・マリー・フランソワ奥田力に与えられたご出現。

動画(13分24秒、wmvファイル、12.8MB)
 ブロードバンドでないと、再生きついと思います…

動画:マリー・マドレーヌに与えられたメッセージ

 2006年8月15日午後3:23~、 秋田県湯沢市雄勝地区「寺沢」にて、マリア様からマリー・マドレーヌに与えられたローキューション。

動画(12分54秒、wmvファイル、9.4MB)
ブロードバンドでないと、再生きついと
思います…(^_^;)

「リトル・ペブル同宿会」(2)

2006年9月19日、ジャン・マリー神父は「リトル・ペブル同宿会(どうしゅくかい)」を創立しました。

動画(17分24秒、wmvファイル、13.2MB)
ブロードバンドでないと、再生きついと思います……。ISDN回線以下の方は、下のやつ(2.8MB)を試してみてください。電話回線の方は…… (^_^;)

「リトル・ペブル同宿会の会則」
を奉献する「復活した神の子の
ジャン・マリー神父」
060919doushuku_01_1


動画 画像荒いっす……
(17分24秒、wmvファイル、2.8MB)
花嫁衣裳をモチーフにした
純白の「同宿服」を着た
ジャン・マリー神父

060919doushuku_02

鄭 秀雄(チョン スウン)監督

鄭 秀雄(チョン スウン)監督、
 「プログラム(テレビ番組)をつくることを考えましょう!」

Mmfj_kantoku_01m

【写真左】 世界的に有名な 鄭 秀雄(チョン スウン)監督。韓国におけ
  るテレビドキュメンタリーの第一人者で、 ソウル五輪開閉会式の
  
映像総監督を務めた。韓国大統領賞を受賞したほか、2006年、
  日本放送番組センターと日本放送人の会が主催する第8回
  「放送人の世界名作品・名監督」に選ばれた。延世大学校映像
  大学院兼任教授、東アジア・テレビ制作者フォーラム組織委員会
  委員長、作品多数。
【写真右】 ミシェル・マリー・フランソワ奥田力。今回の修道会側の
  「寺沢」映像化プロジェクト担当者。秋田県横手高校出身で
  ジャン・マリー神父の8年後輩。彼自身、マリア様のビジョナリスト
  (ご出現を視覚的に見る人)でもある。
( 2006年7月23日、東京・神楽坂にて撮影 )

 世界的に有名なドキュメンタリー番組をいくつも製作している鄭 秀雄(チョン スウン)監督に2006年7月23日お会いしました。監督は、秋田「寺沢」の韓国人殉教者「シストとカタリナ夫妻」について、とても興味を示し、番組を作りたいとおっしゃってくださいました。監督はご自身、現地に足を運んで「寺沢」「院内銀山」etcを取材・撮影することを希望しておられます。ご自身を「文化のマッサージ屋さん」とおっしゃる監督は、日本・韓国・中国を駆けまわって、草の根レベルの国際文化交流のために尽力されています。

天皇皇后両陛下への直訴状

 私たち日本の聖シャーベル修道会のメンバーは、オーストラリアで不正に投獄されているウィリアム・カム氏(リトル・ペブル)の早期釈放のお力添えを願うため、天皇皇后両陛下をはじめ皇室の方々へ昨年12月から様々なルートでアプローチしてきました。今回は3月26日から3月29日にかけて、神奈川県の葉山御用邸でご静養されている天皇皇后両陛下に直接お会いしてこのことをお伝えしようと努力しましたが、かないませんでした。そこで、今回、両陛下にお渡ししようとした「直訴状」の一部をホームページ上で公開することにしました。 (2006年4月1日投稿)

  天皇皇后両陛下への直訴状(2006年3月17日付)の一部


天皇皇后両陛下への直訴状

これらの「直訴状」はコピーしたものを別途、3月27日夕方に逗子郵便局より速達にて「葉山御用邸」宛てに発送しております。(2006年4月3日追加更新)

  マリー・マドレーヌに与えられたメッセージ- 2006年4月1日

   
「直訴状の表紙」
(jpeg 57KB)
   
「復活された神の子のジャン・マリー神父の直訴状」(jpeg 93KB)
   
「コルベ・マリー阿部哲朗の直訴状」(jpeg 139KB)
   
「ミシェル・マリー・フランソワ奥田力の直訴状」(jpeg 76KB)
   
「ロンジン・マリー馬場勝吉の直訴状」(jpeg 120KB)
   
「マリー・マドレーヌ杉浦律子の直訴状」(jpeg 143KB)
   
「マリー・レベッカ藤井正子の直訴状」(jpeg 102KB)

ウィリアム・カムの若い頃のエピソード

皆さんにリトル・ペブル(ウィリアム・カム氏)の人となりを知っていただくため、「最後の教皇 第一巻」から一部抜粋して公開しました。

第一章 若い頃

 ライン川の近く、西ドイツのケルンという都市で、1950年5月16日、私は生まれました。それは聖人のような教皇ピオ十二世によって聖年と宣言された年でした。私は未熟児で、予定日よりも七週間も早く生まれ、掌に収まるほどの小ささでした。まだ爪ができておらず、両耳はよじれており、体重はちょうど2ポンドでした。医師は私に生存の見込みなしと判断し、私は生後三日目で緊急洗礼を授けられました。私の母は、私は生きることはないと告げられたので、私を家へ連れて帰る許可を願いました。母はまだ十七歳でした。そして両親のもとで暮らしていたので、私をどうしても救いたかった母は、彼らの助けで私のために何かができるのを期待したのです。神の恩寵と計画で私は生命にしがみついていることができました。私の祖父母は、彼らの知恵と経験で、私をどのように世話するか若い母にアドバイスできたのです。彼らは私に食物を摂らせることができました。そうしてだんだんと私が食物に耐えられるようになり、体重が増してくるにつれて、私の食物は普通の濃さの母乳になっていきました。……(続きは、下記URLへ)

http://homepage1.nifty.com/charbeljapan/hakobune_index.htm#lp_vol1_bassui

lp_family_03

5歳のウィリアム・カム(左)、4歳のカレン・カム(右)

ウィリアム・カムの若い頃のエピソード(2)

……別の観点から、1972年(注:22歳の時)は、私にとってとても忘れがたい年です。養父のハンス・シュエットラーが私の母を探しにドイツから戻ってきました。彼は私を誘拐することで母に復讐することを心に決めていました。それで当然母は非常に恐れていました。養父はアデレードのナイキケルタ・ベセキ一家の家に滞在していましたが、彼は私に会ってくれと連絡してきました。彼がどんな邪悪な計画を心に秘めているかを知らずに、私は彼と会うことに同意しました。私はベセスキ家へと旅行し、そして養父が何をたくらんでいるかを知らされたのはそこにおいてでした。彼が私をレンマークに連れて行き、墓地で私を殺すことができるように、ここで私をものにするという計画だったのです。彼らは言いました。彼は車の中に銃をおいている、と。そして、ただちに家に帰るように、と私をせき立てました。私は帰るのではなく、養父とともに行くことに決めました。私の出発の前に、私は告解に行き、司祭に、私は死にに行こうとしているので、これが私の最後の告解です、と告げました。私は司祭に、私は神に自分の命をささげています、もしそれが神の御旨なら、私はそれをうけいれます、と言いました!
 養父と私はレンマークへと出発しました。そして旅行の間、彼は金持ちになったことを自慢しました。彼は私に、仕事と家とドイツまでの飛行機のチケットをあげようと言いました。私は彼に、私の愛を買おうと努める必要などありません、なぜなら私は、すでにあなたをとても愛しているし、いつも愛してきたから、と言いました。私たちはレンマークに到着し、そこで私は私の古い友人たちと会いました。彼らもまた同様に、母に仕返しするために養父が私を殺すと脅していたと私に警告しました。彼らは私が生命を奪われることを恐れており、警察の力を借りることを望みました。私は彼らにすべてを私に任せるように、そうすれば自分でなんとかする、と言いました。私は自分のロザリオを首にかけ、自分自身を神の御旨に任せました。それからほどなくして養父は、彼の古い友人のお墓参りをしたいから、一緒に墓地に来てくれないかと私に頼みました。私は行くことに同意しました。そして墓地に向かう途中で、養父に、彼の意図を私は知っている、と告げました。私は彼に言いました。神がそれをお許しにならない限り、私に害を加えることはできません、と。私が彼を大変愛していて、神もまたあなたを愛しておられます、と。そうして私は彼を赦します、と告げました。養父は泣き崩れました。彼は、自分が私を殺すつもりだったこと、しかも何度もそうしようとしたことを認めました。彼は私たちの車をセミトレーラーに突っ込ませようと試みました。次に、私を射殺しようと決心したのですが、自分がそれをやり遂げることはできないことがわかりました。彼は私に赦しを乞い、ドイツに戻ってもう二度と再び私を煩わすことはない、と言いました。私はその場ですぐに彼を赦しました。そしてその後、再び彼に会うことはありませんでした。何年かたって私は彼に連絡をとろうとしましたが、彼の両親に連絡したとき、彼が亡くなっていたことを知りました。……(第2章pp55-56)……

http://homepage1.nifty.com/charbeljapan/hakobune_index.htm#lp_vol1

マリア様の大勝利!

 ジャン・マリー杉浦洋神父に対してなされていた「カルト、洗脳、拉致」という訴えについて、2005年9月16日、最高裁判所・第二小法廷の5人の裁判官全員一致で棄却が決定され、私たちの全面的な勝利が確定しました。