YouTube にアップしました!

2006年9月8日秋田県湯沢市「寺沢」でのご出現。元の画質自体が荒いので……。うまくアップできたかなぁ? 

動画:2006年9月8日「寺沢」でのご出現

2006年9月8日午後、秋田県湯沢市雄勝地区「寺沢」の殉教公園でのご出現。

動画(14分9秒、wmvファイル、13.6MB)

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「2006年9月8日、寺沢での御出現」をダウンロード
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「清水小屋」生中継

さっき、「リトル・ペブル同宿会ニュース」にマリー・マドレーヌに与えられたメッセージをアップしたんだが、みんなは「天から与えられたメッセージ」をどんなふうによんでいるのかなぁ? ……(「続き」もよんでね!)
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続きを読む "「清水小屋」生中継"

北朝鮮の核実験

じつは今年の5月31日に聖ヨゼフ様は、マリー・マドレーヌ杉浦律子に北朝鮮の核兵器について警告していたんだな。
http://charbeljapan.cocolog-nifty.com/korea/2006/06/mm20060531_d07f.html

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動画:第1回「寺沢の殉教者たち」をたたえる荘厳ミサ

 2006年9月4日午後3:00、秋田県湯沢市雄勝地区「寺沢」の殉教公園にて行われた、第1回「寺沢の殉教者たち」をたたえる荘厳ミサにて、ジャン・マリー神父の「説教」と、マリー・マドレーヌ杉浦律子、ミシェル・マリー・フランソワ奥田力に与えられたご出現。

動画(13分24秒、wmvファイル、12.8MB)
 ブロードバンドでないと、再生きついと思います…

天からの御出現(2)

 でもね、悪魔は人間よりもずっと賢いんです。最近、頻繁に見ている実例は、この「識別のためのしるし」自体が、最初から悪魔からのものであるケースです。
 最初に与えられた「識別のためのしるし」が悪魔からのものならば、どうやって見破るか? しばらく、その幻視者(?)本人の行動と、彼(彼女)が受けるメッセージの内容を観察することです。今、思いつくバロメーターは、

(1) 伝統的な正しいローマ・カトリック使徒教会の教えに反していないか? 
(2) その幻視者本人と、御出現されている方々(?)が、正統な霊的指導司祭の命令に「従順」するかどうか?

 などですね。……(「続き」もよんでね!)

続きを読む "天からの御出現(2)"

天からの御出現(1)

 みなさん、下のビデオ見て、気がついたかなぁ? マリー・マドレーヌ杉浦律子は、内的にはっきりと聖母マリア様の声を聞いて、その聞いたままをゆっくりと復唱しているんだ。いわゆる霊能者たちの「口寄せ」「自動書記」「降霊術」etcとは違い、御出現の間、彼女の意識ははっきりしていて、マリア様がおっしゃった一言ひとことを繰り返しているんだ。半覚醒状態や意識を失った状態ではないんだよ。
 もうひとつ注目してもらいたいことは、そう、「識別のためのしるし」を頻繁に活用していることです。……(「続き」もよんでね!)

続きを読む "天からの御出現(1)"

動画:マリー・マドレーヌに与えられたメッセージ

 2006年8月15日午後3:23~、 秋田県湯沢市雄勝地区「寺沢」にて、マリア様からマリー・マドレーヌに与えられたローキューション。

動画(12分54秒、wmvファイル、9.4MB)
ブロードバンドでないと、再生きついと
思います…(^_^;)

「リトル・ペブル同宿会」(2)

2006年9月19日、ジャン・マリー神父は「リトル・ペブル同宿会(どうしゅくかい)」を創立しました。

動画(17分24秒、wmvファイル、13.2MB)
ブロードバンドでないと、再生きついと思います……。ISDN回線以下の方は、下のやつ(2.8MB)を試してみてください。電話回線の方は…… (^_^;)

「リトル・ペブル同宿会の会則」
を奉献する「復活した神の子の
ジャン・マリー神父」
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動画 画像荒いっす……
(17分24秒、wmvファイル、2.8MB)
花嫁衣裳をモチーフにした
純白の「同宿服」を着た
ジャン・マリー神父

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「寺沢の殉教者たち」をたたえる荘厳ミサ

今日、2006年9月4日、第1回「寺沢の殉教者たち」をたたえる荘厳ミサが行われました。
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殉教記念碑の前でのミサ。ジャン・マリー神父司式。





続きを読む "「寺沢の殉教者たち」をたたえる荘厳ミサ"

「リトル・ペブルの泉」

◆ 「寺沢(Terasawa)のご出現」 - 「リトル・ペブルの泉」、
  「全ての恵みの仲介者、贖いの共贖者の聖母」


 2006年8月22日、「聖母の汚れなき御心」の一級大祝日の日、マリア様は、ミッシェル・マリー・フランソワ奥田力とマリー・マドレーヌ杉浦律子に御出現され、秋田県湯沢市雄勝地区「寺沢」の「奇跡の泉」を、「リトル・ペブルの泉」と名づけるように指示なさいました。それは、「今のリトル・ペブルの苦しみゆえに与えられるからです」とマリア様はおっしゃっておられます。
 この日、マリア様はマリー・マドレーヌに、泉の湧く場所を掘るように指示され、マリー・マドレーヌとジャン・マリー神父は素手で草をむしり、小さな穴を掘りました。今日(8月27日)の時点で、まだ泉は湧いていませんが、マリア様は泉が湧く時、ジャン・マリー神父とミッシェル・マリー・フランソワに知らせることを約束なさいました。
 この8月22日、マリア様は特別な新しいタイトル「全ての恵みの仲介者、贖いの共贖者の聖母」として御出現されました。マリア様はそのお姿をミッシェル・マリー・フランソワとマリー・マドレーヌに幻視させ、その御像をつくるように指示なさいました。

 今、現在「秋田の聖母の第2出現」、つまり「寺沢の御出現」について明らかになっていることは次のとおりです。

 ■ 「リトル・ペブルの泉」は、今のリトル・ペブルの苦しみゆえ
   に与えられる。


 ■ 「リトル・ペブルの泉」は、今までのものと違い、肉体の病気と
   精神病の癒しだけでなく、霊魂の癒し、霊魂の照らし、そして
   リトル・ペブルを支持し、彼のために働く者たちには、そのため
   に必要な注付恩寵(ちゅうふおんちょう)が与えられる。

 ■ マリア様は「寺沢の御出現」において「『全ての恵みの仲介者』
   『贖いの共贖者』の聖母」のタイトルで御出現され、現教皇ベネ
   ディクト16世がこの二つのドグマを宣言することを支援される。
   と同時に、リトル・ペブルの未来の教皇職の正統性を宣言さ
   れる。

 ■ 寺沢近辺に建てられる大聖堂は「寺沢の殉教者たち」に奉献
   される。やはり寺沢近辺に建てられる同宿院は「聖母の浄配」
   であるリトル・ペブルに奉献される。すなわち「リトル・ペブル、
   三重の契約の預言者」男子同宿院、「リトル・ペブル、聖母の
   浄配」女子同宿院である。


2006年9月4日、この寺沢の殉教公園(北向き観音公園)において、寺沢の殉教者たちをたたえる野外ミサを行います。皆さんのご参加をお待ちしております。

「すべての恵みの仲介者、贖いの共贖者」

教皇ベネディクト16世が宣言を予定している、
マリア様の「全ての恵みの仲介者」「贖いの共贖者」のドグマについて

 先日お伝えした、マリー・マドレーヌ杉浦律子に与えられたメッセージ( http://homepage1.nifty.com/charbeljapan/mm060728.htm )に続いて、2006年8月15日にマリア様の「全ての恵みの仲介者」「贖いの共贖者」のドグマ(宣言予定)について、マリー・マドレーヌにマリア様からのメッセージが与えられました。また2006年5月31日に、シストとカタリナ夫妻殉教者が、このドグマについて言及している部分も再掲します。

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2006年8月15日PM15:23~15:36(聖母の被昇天の祝日)
聖母マリア様からマリー・マドレーヌに与えられた公的メッセージ
(寺沢の殉教公園殉教碑のそば)

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 http://homepage1.nifty.com/charbeljapan/mm060815.htm

マリー・マドレーヌ:
 いま、寺沢の殉教公園にいます。ロザリオの祈りのとき、最後の珠で私の右斜め前、上の方から女性の声で「約束」と言われたのが判りました。私は、印があるか尋ねるため司祭に祈りをとめてもらいました。印があるか尋ねたところ、「識別のための印」がありました。

聖母マリア様:
 愛する子供たち、聖母があなたがたを祝福します。約束のとおり、泉は与えられます。「全ての恵みの仲介者」「贖いの共贖者」の聖母があなたがたのために救いを与えます。聖母を通して、恵みが注がれます。希望を持ってください。
 あなたがたの撒く種は実りをもたらします。とくに、かわいい息子たち、あなたがたの働きを聖母は決して忘れません。祝福を送ります。
 引き続き、リトル・ペブルと、ベッティーナ、ソーンブッシュ、ベネディクト16世教皇のために祈り続けてください。愛する子供たちのためにとりなしています。司祭の祝福をお願いします。

ジャン・マリー神父:
 全能の神、父と子と聖霊とが汝らを祝福し給わんことを。アーメン。

シストとカタリナ夫妻殉教者:(2006年5月31日)
 http://homepage1.nifty.com/charbeljapan/mm060531.htm
 イエズスと、聖母マリアの贖いによって、人類は救われ、罪が許されます。そして、神が兄弟たちの中に送った預言者、そして、最後の教皇として世の終わりまで治めることになっているリトル・ペブルに仕えてください。あなたがたを愛しています。

寺沢の「奇跡の泉」

今日、寺沢の殉教記念碑の横に、マリア様が立たれ、ここに「奇跡の泉」が湧くとおっしゃいました。今日8月20日の時点で、まだ泉は湧いていませんが、マリア様が具体的な場所を明らかにされたのは、これが初めてです。与えられたメッセージについては、後日公開します。まずは、皆さんにご報告まで。
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2006年8月20日、マリア様が立たれたところを祝福する、ジャン・マリー神父
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頂上のマリア観音より下、寺沢方面を望む。
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「秋田の聖母の第2出現」

秋田県湯沢市雄勝地区「寺沢(Terasawa)」

 今、秋田県湯沢市では「秋田の聖母の第2出現」が起こっています。今から400年ほど前、江戸幕府初期、将軍徳川家光の治世の頃のことです。この地秋田県湯沢市の雄勝地区「寺沢」で、奇跡を行なっていたキリシタン信者ヨハネ馬井六左衛門をはじめ14人の日本人と朝鮮半島出身の「シストとカタリナ」夫妻の合計16人たちが殉教しました。彼らは日本人、韓国人として初めて聖母マリア様のご出現を受けた人々でもあります。
 聖母マリア様は、「寺沢の殉教公園」近辺に「寺沢の殉教者たち」をたたえる大聖堂、リトル・ペブルに捧げられた男子同宿院、女子同宿院を建てることをお望みです。また、聖母マリア様は、フランスの大巡礼地ルルドのように、「寺沢の殉教公園」に奇跡的な「癒しの泉」が湧くようになることを約束なさっています。近い将来、ルルドと同じく、何十万、何百万人もの巡礼者が訪れるようになることでしょう。どうか、皆さんの先祖をたたえるこの事業にご協力をお願いします。この事業にご協力してくださる方は名乗りをあげてください。ご連絡をお待ちしております。

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代表: ジャン・マリー杉浦 洋 神父
( Father Jean-Marie of the Risen Son of God )

連絡先: 〒012-0106
  湯沢市三梨町字清水小屋14
  リトル・ペブルの「清水小屋」共同体

  電話・FAX: 0183-42-2762
  E-mail: charbeljapan@nifty.ne.jp
http://homepage1.nifty.com/charbeljapan/

鄭 秀雄(チョン スウン)監督

鄭 秀雄(チョン スウン)監督、
 「プログラム(テレビ番組)をつくることを考えましょう!」

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【写真左】 世界的に有名な 鄭 秀雄(チョン スウン)監督。韓国におけ
  るテレビドキュメンタリーの第一人者で、 ソウル五輪開閉会式の
  
映像総監督を務めた。韓国大統領賞を受賞したほか、2006年、
  日本放送番組センターと日本放送人の会が主催する第8回
  「放送人の世界名作品・名監督」に選ばれた。延世大学校映像
  大学院兼任教授、東アジア・テレビ制作者フォーラム組織委員会
  委員長、作品多数。
【写真右】 ミシェル・マリー・フランソワ奥田力。今回の修道会側の
  「寺沢」映像化プロジェクト担当者。秋田県横手高校出身で
  ジャン・マリー神父の8年後輩。彼自身、マリア様のビジョナリスト
  (ご出現を視覚的に見る人)でもある。
( 2006年7月23日、東京・神楽坂にて撮影 )

 世界的に有名なドキュメンタリー番組をいくつも製作している鄭 秀雄(チョン スウン)監督に2006年7月23日お会いしました。監督は、秋田「寺沢」の韓国人殉教者「シストとカタリナ夫妻」について、とても興味を示し、番組を作りたいとおっしゃってくださいました。監督はご自身、現地に足を運んで「寺沢」「院内銀山」etcを取材・撮影することを希望しておられます。ご自身を「文化のマッサージ屋さん」とおっしゃる監督は、日本・韓国・中国を駆けまわって、草の根レベルの国際文化交流のために尽力されています。

マリー・マドレーヌの着衣式

今日のミサ中、マリー・マドレーヌの着衣式が行われました。
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「リトル・ペブル 最後の教皇 第3巻」出版!

http://homepage1.nifty.com/charbeljapan/hakobune_index.htm

また、今回(2006年6月23日)、「箱舟の聖母社」の既刊の料金体系を見直すことにしました。基本的に3000円以上のお買い上げの場合、送料無料とします。「153本のマリアさまのバラ」「聖シャーベル修道会の会則会憲」は各2000円ですが、現在、例外として一冊2000円(送料・消費税込)として販売しております。こちらのリスト(クリックをご参照ください。表示価格は「送料・消費税込」の価格です。

「最後の教皇」第3巻

 やっと、データのアップロードまでこぎつけた。たぶん今週中に出版できるでしょう。ああ、やっと肩の荷がおりた。大変な作業だったなぁ! ご協力いただいた皆さん、感謝です!
 「リトル・ペブル 最後の教皇」は1998年から2000年にかけて執筆されたもので、英語で第3巻まで発行されています。「教会調査」の資料としても非常に重要な価値のある本ですが、なんせオーストラリアの人たちも手が足りなくて、原本も一部やっつけ仕事的なところがあります。日本の人たちが見たら、時系列がめちゃくちゃで、わかりにくいところもあるかもしれません。
 でも、今回の第3巻では、1994年8月に起こった日本発「神秘的教会の世界的な大分裂」など、日本に関係する内容が半分以上含まれていて、とても興味深いです。読めば読むほど、いかにリトル・ペブルさんが堅実な人で、神と教会にどれほど忠実であるか、わかっていただけると思います。
 聖パウロ、十字架の聖ヨハネ、聖ジャンヌ・ダルク……、非常に聖性の高い人々が無実の罪をきせられ投獄された例は、カトリックの2000年の歴史の中で枚挙にいとまありません。皆さんも「リトル・ペブル 最後の教皇」第1巻~第3巻まで、一度読んでみてください。リトル・ペブルの「真実の姿」をそこに見出すことでしょう!

 よし! 次の仕事は「幼な子」路線でリニューアルだ! でも、まだ具体的に何のアイデアも持ってない「コルベ・マリー@じじい」でした。あるのは「聖ヨゼフの百合」のあと、「マリー・マドレーヌの自叙伝」を掲載する計画があるくらいかなぁ……。まぁ、いつものことだが「でたとこ勝負」だ! マリア様にお願いしよっと!

天皇皇后両陛下への直訴状

 私たち日本の聖シャーベル修道会のメンバーは、オーストラリアで不正に投獄されているウィリアム・カム氏(リトル・ペブル)の早期釈放のお力添えを願うため、天皇皇后両陛下をはじめ皇室の方々へ昨年12月から様々なルートでアプローチしてきました。今回は3月26日から3月29日にかけて、神奈川県の葉山御用邸でご静養されている天皇皇后両陛下に直接お会いしてこのことをお伝えしようと努力しましたが、かないませんでした。そこで、今回、両陛下にお渡ししようとした「直訴状」の一部をホームページ上で公開することにしました。 (2006年4月1日投稿)

  天皇皇后両陛下への直訴状(2006年3月17日付)の一部


天皇皇后両陛下への直訴状

これらの「直訴状」はコピーしたものを別途、3月27日夕方に逗子郵便局より速達にて「葉山御用邸」宛てに発送しております。(2006年4月3日追加更新)

  マリー・マドレーヌに与えられたメッセージ- 2006年4月1日

   
「直訴状の表紙」
(jpeg 57KB)
   
「復活された神の子のジャン・マリー神父の直訴状」(jpeg 93KB)
   
「コルベ・マリー阿部哲朗の直訴状」(jpeg 139KB)
   
「ミシェル・マリー・フランソワ奥田力の直訴状」(jpeg 76KB)
   
「ロンジン・マリー馬場勝吉の直訴状」(jpeg 120KB)
   
「マリー・マドレーヌ杉浦律子の直訴状」(jpeg 143KB)
   
「マリー・レベッカ藤井正子の直訴状」(jpeg 102KB)

ウィリアム・カムの若い頃のエピソード

皆さんにリトル・ペブル(ウィリアム・カム氏)の人となりを知っていただくため、「最後の教皇 第一巻」から一部抜粋して公開しました。

第一章 若い頃

 ライン川の近く、西ドイツのケルンという都市で、1950年5月16日、私は生まれました。それは聖人のような教皇ピオ十二世によって聖年と宣言された年でした。私は未熟児で、予定日よりも七週間も早く生まれ、掌に収まるほどの小ささでした。まだ爪ができておらず、両耳はよじれており、体重はちょうど2ポンドでした。医師は私に生存の見込みなしと判断し、私は生後三日目で緊急洗礼を授けられました。私の母は、私は生きることはないと告げられたので、私を家へ連れて帰る許可を願いました。母はまだ十七歳でした。そして両親のもとで暮らしていたので、私をどうしても救いたかった母は、彼らの助けで私のために何かができるのを期待したのです。神の恩寵と計画で私は生命にしがみついていることができました。私の祖父母は、彼らの知恵と経験で、私をどのように世話するか若い母にアドバイスできたのです。彼らは私に食物を摂らせることができました。そうしてだんだんと私が食物に耐えられるようになり、体重が増してくるにつれて、私の食物は普通の濃さの母乳になっていきました。……(続きは、下記URLへ)

http://homepage1.nifty.com/charbeljapan/hakobune_index.htm#lp_vol1_bassui

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5歳のウィリアム・カム(左)、4歳のカレン・カム(右)

ウィリアム・カムの若い頃のエピソード(2)

……別の観点から、1972年(注:22歳の時)は、私にとってとても忘れがたい年です。養父のハンス・シュエットラーが私の母を探しにドイツから戻ってきました。彼は私を誘拐することで母に復讐することを心に決めていました。それで当然母は非常に恐れていました。養父はアデレードのナイキケルタ・ベセキ一家の家に滞在していましたが、彼は私に会ってくれと連絡してきました。彼がどんな邪悪な計画を心に秘めているかを知らずに、私は彼と会うことに同意しました。私はベセスキ家へと旅行し、そして養父が何をたくらんでいるかを知らされたのはそこにおいてでした。彼が私をレンマークに連れて行き、墓地で私を殺すことができるように、ここで私をものにするという計画だったのです。彼らは言いました。彼は車の中に銃をおいている、と。そして、ただちに家に帰るように、と私をせき立てました。私は帰るのではなく、養父とともに行くことに決めました。私の出発の前に、私は告解に行き、司祭に、私は死にに行こうとしているので、これが私の最後の告解です、と告げました。私は司祭に、私は神に自分の命をささげています、もしそれが神の御旨なら、私はそれをうけいれます、と言いました!
 養父と私はレンマークへと出発しました。そして旅行の間、彼は金持ちになったことを自慢しました。彼は私に、仕事と家とドイツまでの飛行機のチケットをあげようと言いました。私は彼に、私の愛を買おうと努める必要などありません、なぜなら私は、すでにあなたをとても愛しているし、いつも愛してきたから、と言いました。私たちはレンマークに到着し、そこで私は私の古い友人たちと会いました。彼らもまた同様に、母に仕返しするために養父が私を殺すと脅していたと私に警告しました。彼らは私が生命を奪われることを恐れており、警察の力を借りることを望みました。私は彼らにすべてを私に任せるように、そうすれば自分でなんとかする、と言いました。私は自分のロザリオを首にかけ、自分自身を神の御旨に任せました。それからほどなくして養父は、彼の古い友人のお墓参りをしたいから、一緒に墓地に来てくれないかと私に頼みました。私は行くことに同意しました。そして墓地に向かう途中で、養父に、彼の意図を私は知っている、と告げました。私は彼に言いました。神がそれをお許しにならない限り、私に害を加えることはできません、と。私が彼を大変愛していて、神もまたあなたを愛しておられます、と。そうして私は彼を赦します、と告げました。養父は泣き崩れました。彼は、自分が私を殺すつもりだったこと、しかも何度もそうしようとしたことを認めました。彼は私たちの車をセミトレーラーに突っ込ませようと試みました。次に、私を射殺しようと決心したのですが、自分がそれをやり遂げることはできないことがわかりました。彼は私に赦しを乞い、ドイツに戻ってもう二度と再び私を煩わすことはない、と言いました。私はその場ですぐに彼を赦しました。そしてその後、再び彼に会うことはありませんでした。何年かたって私は彼に連絡をとろうとしましたが、彼の両親に連絡したとき、彼が亡くなっていたことを知りました。……(第2章pp55-56)……

http://homepage1.nifty.com/charbeljapan/hakobune_index.htm#lp_vol1

マリア様の大勝利!

 ジャン・マリー杉浦洋神父に対してなされていた「カルト、洗脳、拉致」という訴えについて、2005年9月16日、最高裁判所・第二小法廷の5人の裁判官全員一致で棄却が決定され、私たちの全面的な勝利が確定しました。