煉獄の霊魂の訪問 2010年2月20日

神ちゃまはね、コルベ・マリーにね、
「自殺志願者」「ひきこもり」の霊魂たちに、福音をつたえることを
お望みなんだって。happy01

ぼく自身、二十歳代にガチで、約10年間ひきこもりしていたし、
その後も断続的にひきこもり状態におちいったし、

じつは、いまでも「対人恐怖症」で、半分ひきこもり状態になっているんだ。

いまでも「うつ病」で、毎月一回、心療内科に通っているんだよ。sad


でね、神ちゃまのお望みは、前から知っていたけど、
「なんとしぇ~ばぃえっ?」って、ずいぶん悩んでいたんだ。


そしたら、今日、ぼくと同じような境遇にいた煉獄の霊魂たちが
やってきてくれてね、ヒントを与えてくれたんだ。heart04


神ちゃま、ありがとね!heartheartheart


みんなは、「私審判」って、「死後 さばかれる!」って黒い看板の
イメージが強いと思うけど、ちがうんだよ。

死後の「私審判」のときこそ、まことの神ちゃまであるイエズスに出会い、
マリアママに出会い、神ちゃまがかぎりなくやさしい、あわれみ
にみちあふれた方であることを知るんだ。

煉獄の霊魂たちは、このやさしい神ちゃまを選んで、
神ちゃまと隣人への愛に燃え上がって、
自らすすんで煉獄へ行くんだよ。

だから、生きているときから、死ぬ最後の瞬間まで、

「神ちゃま、ごめんなちゃい! 
  こんなぼくだけど、神ちゃま、ゆるしてくれるもんね!
   愛してくれるもんね! 救ってくれるもんね!」

って、いい続けようね!heartheartheart

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コルベ・マリー阿部哲朗の告白録(15)

【 無意識のうちの悪魔との契約(4) 】

野菜いため定食★

「オカルトの実践」が、どれほど深刻な事態をまねくか、中学時代にはじまった、「オカルト」「オナニー」「ミリタリー」、3つの「無意識のうちの悪魔との契約」は、まだほんの入り口にすぎなかった。 

 高校生になると、ぼくに対する両親、先生、まわりの異常な「高望み」は耐え難いものになった。自分の能力をはるかに超えたことを強要され続けた。「オカルトの実践」は、高校生から本格的になった。

 超能力に対する「あこがれ」は、切実な「願望」へと変化した。はじめは無意識のうちに「念ずる」という程度だったけど、高校2年生くらいからは、「密教の修業」へと、具体的な行為になった。「オカルト的なもの」から、「オカルトそのもの」に変化した。

 自律神経はおかしくなり、夜、まったく寝られなくなった。妄想は激しくなり、顔つきもかわった。そして、積極的に超自然的なものを求めるようになった。

 当時のオカルト系の愛読書は、「UFOと宇宙」「ムー」「トワイライトゾーン」、阿含宗の密教の本、だった。仏教・神道関係の本も読みあさった。書いてあることは支離滅裂で、どれも筋がとおらないことばかりだった。でも、夢中で、何か超自然的なことを求めていた。

 最初のはっきりした超自然的な現象は、19歳(?)のときだったと思う。明日は大学の数学の試験、で、徹夜で勉強…じゃなくて、半分、瞑想して、明け方になったんだわね。

 ベランダにでて、朝日を見ようとおもったら、目のまえをサーチライトみたいに強い、けれどあたたかい光に数回、照らされたんだね。天国にいるみたいに心地よくて、ずーっと味わっていたいくらい、やさしい不思議な光だった。「このしあわせを、ずーっと味わっていたい」と思っていたら、言葉ではないけれど、「そのためには、大いなる苦しみを通らなければならない」という、はっきりしたインスピレーションを受けたんだ。

 ぼくは、当時、クリスチャンでも何でもなかったから、これは修業の成果だと、思ってたんだよ。ますます、密教の修業にのめりこんだね。

 このあと、20歳のときだったと思うけど、大学の近くに下宿することになった。下宿してすぐに、「ひきこもり」になった。まえにも書いたけど、オナニー三昧、ゲーム三昧、マンガ三昧、and 修業三昧だった。きわだって、超自然的な現象があったわけではなかったけど、自分が生きているんだか、死んでるんだかわからないような状態だったよ。

 とくにみんなに知っておいてほしいのは、この当時ぼくは、自分ひとりだけの世界の中で、「王の中の王」になっていたことだ。本当なんだよ。修業して、超能力を身につければ、ぼくは不老不死で、世界で一番すぐれた存在になれる、いや、すでにそうなりつつある、って、本気で思ってたんだ。

 いま、「自分らしく生きる」「念ずれば実現する」といった、ニューエイジ的な価値観で、世界はおおいつくされているね。オカルトの実践も、あたりまえのようになっているね。でも、ぼくの姿を見てごらん。そんな生き方を少しでも肯定したら、ぼくみたいになっちゃうんだよ!

 大学院生のころだったと思うけど、生協の食堂へお昼ごはん食べに行く途中、別の科の学生が前を通ったの。全然知らない人だよ。その人が、べつにぼくに何をしたわけでもないのに、突然ぼくは怒りだし、彼にむかって罵詈雑言、呪いの言葉をわめきちらしたんだ。彼は唖然としてぼくを見ているけど、ぼく自身も唖然としてしまった。呪いの言葉が、勝手にぼくの口から、次から次へと出てくるんだ。自分でもおかしいと思うんだけど、止められないんだ。

 ひきこもりの10年後。末期には、ぼくは廃人同様になっていた。修業して、超人になっているはずなのに、現実は、どうもそうでないらしい。聖人になっているはずなのに、なんでオナニーやめられないの? 神に近づいているはずなのに、自分のみじめな姿はなぜ? 超人なのに、なんで朝起きられないの?

 謙遜(けんそん)な人なら、自分の異常さに気づくだろうけど、「傲慢(ごうまん)の罪」は、自分自身の目を見えなくしてしまうんだ。悪魔の王ルシフェルのことを、「年老いて気の狂ったヘビ」って聖書で言うんだけど、「傲慢」は、本当に自分自身を「神」としてしまい、こんなに異常なのに、本人は自分自身が神のように「清く、正しく、美しい!」と信じ込んでしまうんだ。

 大学時代当時の、ぼくを知る人々にインタビューしてみるといいよ。ぼくが、いかに異常で、ブチ切れやすく、人を人とも思わない傲慢な、いやなやつだったかを証言してくれると思うよ。

 自分自身を「神」と等しいものとする、いまのニューエイジ的な風潮が、いかに危険なものか! 入り口は様々で、甘い言葉で近づいてくるけど、その効果を見てごらん! ぼくがその代表選手なんだよ! まったく気がつかないんだ。完全に自己暗示にかかちゃってて、自分は「善人の中の善人!」って信じきっているんだ。

 廃人同様になってしまった、ひきこもりライフの末期、25歳くらいのころ(?)、1987年ころ(?)だったと思う。「ムー」で鬼塚五十一さんが書いた記事で、はじめて、リトル・ペブルさんに与えられたマリアママのメッセージを知ったんだ。いままで読んできたオカルト系の記事の中で、はじめて筋の通った、まともな記事を読んだ。

 これが、ぼくの人生のターニングポイントになった。でも、ここまで「逝ってしまった」ぼくは、それから何十年も苦闘し続けているんだ。この後のことは、またおいおい書いていくね。

 現役の大罪人! それが、ぼくの本当の姿だ! 耳のある人は聞いてほしい! 目のある人は見てほしい! 

 はっきり言えば、いま日本で講演活動をしている、反キリスト、ロード・マイトレ-ヤと、ベンジャミン・クレームを頭とする、その使徒たちが提供するものは何なのかということだ! 悪魔が提供する世間の価値観が、どんなにひどい結果をもたらすのか! ぼくという実例を見て、考え直してほしい!

 それとは正反対に、神様がくださる「やさしいとがめ」が、どんなに耳に痛くとも、永遠に続く「本当の幸せ」に導いてくれるか! 「コルベ・マリー」という同宿の中でも最低最悪の実例を見て、みんなは希望をもってほしい。「傲慢」という、もっともいやらしい、たちの悪い罪にそまったぼくを、マリアママがどんなに忍耐強く、決して見捨てずに、やさしく抱きしめ、導いてくれているか、ぼくは証言するよ!

 そして、ジャン・マリー神父のいう「幼な子路線」、赤ちゃんのように幼児言葉で、マリアママと親しくお話しする、ってことが、「バカ」のように見えるけど、どれほど理にかなっているか、みんなわかってくれたらなぁ!

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コルベ・マリー阿部哲朗の告白録(14)

【 無意識のうちの悪魔との契約(3) 】

北向き観音★

 まえに、ぼくはものごころついたときから、「神ちゃま大好き!」ってこと話したね。小さいときから、ひとりで空想、黙想するのが好きで、山や川や、美しい景色を見ては感動し、ほんとうに、「なにごとのおはしますかは知らねども かたじけなさに涙こぼるる」っていう、ちょっと変わった子供だったんだ。 

 小学校3年くらいのとき、学校の帰り道、子供たちが遊べる「児童館」ってのがあって、そこにいろんな本があるんだけど、「地獄」のことが書いてあったんだ。盗み、うそ、殺生etc、悪いことすると、死後、閻魔大王の前で裁きをうけ、地獄へ落ちちゃうって、恐ろしい絵がのってて、ぼくは恐怖に縛られちゃった。ハエ一匹殺しても、殺生したことになるから、どうしよう!って、真剣に悩んだ。

 やはり、同じころ(?)、子供たちのあいだで、「ノストラダムスの大予言」ってのが話題になっていて、「1999年7月に人類は滅びるんだって!」って言うんだ。ぼくは、まじめに「そうか、ぼくは38歳で死ぬんだ」って、やっぱり真剣に悩んだ。このとき、友だちが「死んだら、どうなる?」っていうんで、考えたんだけど、ぼくには「死んだら無になる」とは思えなかった。無意識のうちに、「霊魂の不滅」ってことを考えてたんだね。

 そして、小学校の5年生のころ、「UFO」ってのがはやった。「空飛ぶ円盤」ってやつだ。遠足かなんかで愛知県の森林公園へいったとき、ぼくは卵型の円盤を見た(?)。いま思うと、飛行機だったのかもしれないけど、当時、ぼくは「円盤見た!」って自慢していた。

 このへんから、子供にありがちな無垢な好奇心から、オカルト的な悪い好奇心への変化が始まっていたのかもしれない。

 中学生のとき、ユリ・ゲラーの「スプーン曲げ」が大流行した。ぼくも一生懸命やってみた。ちっとも曲がらなかったけど、「念ずる」って、オカルト的行為を実践したのは、これが初めてだったと思う。

 このころだね、悪魔のアタックが始まったのは。中学1年生のときだったと思う。異様にリアルな夢で、真っ赤に燃えさかる地獄の炎の上に、真っ黒な「餓鬼(がき)」みたいなやつがいて、糞尿みたいなものをむさぼり食っているんだ。そいつが、「おまえたちを呪ってやる!」ってくりかえすんだ。怖くって、目が覚めたんだけど、ほぼ同時に、隣の部屋にいた弟が駆け込んできて、「にいちゃん、怖いよう!」って、ぼくにしがみついてきたんだ。弟がこんなことするのは、後にも先にも、この時だけだったけれど、何か異様なことが起こってたのは確かだった。

 このあと、夜、神経がたかぶって、まったく眠れなくなった。

 ちょうど、先に書いた、「オナニー」「ミリタリー」の「無意識のうちの悪魔との契約」の時期と合致するんだね。ジャン・マリー神父に聞いたんだけど、「こっくりさん」みたいなオカルト的行為を実践すると、霊的な世界にチャンネルが開いて、悪魔からの攻撃をもろに受けるようになるんだって。

 いま、よくよく思い出してみると、小学校の高学年から中学校のはじめにかけて、ぼくは無意識のうちにオカルト的行為を実践しはじめたんだね。ユリ・ゲラーの「スプーン曲げ」の実践が、ぼくにとって最初の、オカルト的行為の実践による「無意識のうちの悪魔との契約」だったと思うよ。

 その後、「瞬間移動」「空中浮遊」「念力」っていうのが、具体的なぼくのあこがれの超能力だった。でも、中学生の時代には、まだ「うらみ」「憎しみ」という要素は、ほとんどなかったと思う。ドラエモンの「たけコプター」「どこでもドア」がほしい!ってレベルだったと思うよ。

 でもね、よく考えてみると、こっちの「オカルト的行為の実践」が、ぼくにとって最初の「無意識のうちの悪魔との契約」なんだから、これは軽々しくあつかっちゃいけない大問題なんだね。

 入り口は、みんなもやっている「気をおくる」「パワーをもらった」といった、よいことに思えること。でも、これを実行したそのときから、悪魔の霊力の支配下に、巧妙に取り込まれていくんだ。

「オカルト的行為の実践」が、どれほど深刻な事態をまねくか、高校時代以降のぼくの体験談は、次回、もっとくわしく書いていくけどね。

 はっきり言えることは、ぼくは他のだれよりも悪い、最低最悪の霊魂だということ! でもね、イエズス、マリアママ、ヨゼフパパ、すべての天使くん、聖人くんたちは、これほどひどいぼくのことを愛し、かばってくれているんだ。

 神ちゃまが、どんなにやさしいか、マリアママがいつもみんなのことを「ギュッ!」と抱きしめて愛しているか、知ってもらえたらうれしいよ!

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コルベ・マリー阿部哲朗の告白録(13)

【 無意識のうちの悪魔との契約(2) 】

マルカンラーメン★

 ぼくは、1962年生まれ。ベトナム戦争とか、安保闘争とか、大阪万博とか、アポロが月着陸に成功したとか、幼少期から小学生のころの時代背景だ。といっても、当時のぼくに、そんなむずかしいことわかるわけないけどね。なんせ、「アメリカは月にある」「ウルトラマンにでてくる怪獣は、毎週どっかからつれてくるんだ」って思ってた、おめでたい子だったからね。 

 うちは、無宗教、政治的にどこどこを支持するなんてこともなかったね。でも、なぜか当時、親も学校の先生も、「平和主義」なんだね。共産党でも社会党でもないんだけど、なぜか「平和!」「平和!」って教育されたんだね。

 共通しているのは、親も学校の先生も、第二次世界大戦中、大人として戦争を経験したんじゃなくて、戦中・戦後すぐの時代に多感な幼少期をすごした人たちなんだね。

 「けんかは絶対いけません!」「(タミヤの)プラプラモデルはいけません!」「戦争ごっこはいけません!」ってね。銀ダマ鉄砲もって、戦争ごっこやったら、すごくいやみをいわれたよ。男の子はみんなやっているのにね。

 動物たちは、子供同士でじゃれあって、けんかして、けんかのルールを学ぶんだ。動物たちは、生きるために必要な場合以外は、絶対に相手を殺したりしないんだ。けんかして、相手が「まいりました」って言えば、それ以上、攻撃しないんだ。人間も同じ。子供時代に、じゃれあって、けんかして、けんかのルールを学ぶんだ。とくに男の子はね。

 でも、ぼくには、それはゆるされなかった。けんかしちゃ、いけないんだ。不当な仕打ちを受けても、だまって耐え忍ばなきゃいけなかったんだ。

 異常なストイックさで、「平和!」「平和!」「戦争はいけないことだ!」って、コルベ・マリーの「御者」は、厳しく自己統制してたよ。小学校の時代に「仏様みたいだ」っていわれたし、中学校の時には「ガンジー」っていわれたよ。丸坊主で、メガネをかけていて、「非暴力!」「平和!」を唱えていたからね。

 でもね、小さいときから病弱で、運動音痴で、どんくさかったから、学校ではすごくいじめられたんだ。不当な仕打ちを受けても、だまって耐え忍ばなきゃいけなかったんだ。クリスチャンじゃなかったけど、相手を「ゆるそう」って、けなげに、必死に努力してたんだ。

 中学一年のとき、タミヤの1/700ウォーターラインシリーズの軽巡洋艦「熊野」を買ったんだ。「平和主義者」なのにね。つい、ふらふらと…。そして、はまっちゃたんだねぇ~。次は軽空母「龍驤」…、って、あっというまに連合艦隊ができちゃったよ。試験前なのに、かくれてこそこそ作っていたら、母にみつかって、ガミガミガミ!

 また、このころ、毎週土曜日だったかな、「実録 太平洋戦争」っていうドキュメント番組があって、すごくはまってしまった。そして、もう、くわしい名前は忘れちゃったけど、サンケイが出しているムックを買いあさって、読みふけった。イギリスのリデル・ハートさんっていう、その筋のすっごく有名な人らしいんだけど、「平和を欲するなら、まず戦争を理解せよ」っていう言葉が、その本の裏表紙に書いてあってね。「平和主義者」のぼくは、いかんいかんと思いながらも、その言葉の魅力にとりつかれちゃったんだね。

 当時ぼくは、すっごく本気で「世界平和」を望んでいたんだけど、これは異常にストイックな「御者」の方で、「お馬さん」は普通の男の子と同じように、こういうものの魅力に、あこがれさえもって、飛びついたんだね。

 その後、伊藤正徳さんの「帝国陸軍の最後」「帝国海軍の最後」とか、本がボロボロになるくらい読みふけった。高校・大学のときは、「PANZER」「戦車マガジン」「世界の艦船」の愛読者だった。

 中学・高校時代に戻るけど、1/700の連合艦隊は、母にガミガミ言われて、また異常にストイックな「御者」に強制されて、3回ほど全滅しているんだ。足を洗おうとして、いったん全部すてるんだけど、やっぱり抗いがたい魅力でね、駆逐艦「松」くらいならいいだろう、ってとこからはじまって、いつのまにか連合艦隊に成長してしまうんだね。

 さて、ここまでなら、程度の差はあれ、普通の男の子なら誰でも経験することだろうけど、ここから先、ぼくはあぶない世界にはいってしまうんだね。

 「御者」と「お馬さん」のたとえばなしをしてきたね。中学・高校くらいになると、「平和!」「平和!」という理想論は、だんだん通用しなくなってきた。「平和!」「平和!」といってた親と先生が、中学になると、手のひらをかえしたように、「競争だ!」「勉強しろ!」「人生の落伍者になるな!」って、わめきちらすんだ。突然、まったく正反対の価値観を強制されたんだ。

 中学はまだましだったけど、高校は最悪だった。いままでのいじめとか、英語の先生ににらまれて、いやがらせを受けた。ストイックにこれらの人々に従順しようとする「御者」に反して、ムチ打たれ続け、ひどすぎる緊張とストレスにさらされ続けた「お馬さん」は、病的なレベルにはいっていったんだ。

 ここで、コルベ・マリーの中に、架空の軍隊、「猫国軍(にゃんこくぐん)」が誕生したのだ。「韓国軍」のもじりだね。当時、BCLっていう、ラジオの短波放送で、世界各国の日本語放送を聞く、ってのがはやっていて、韓国のKBS、北朝鮮のピョンヤン放送とか、意味はわからないけど、よく聴いていたんだ。で、韓国にすごい好意をもっていたんだけど、この「猫国軍(にゃんこくぐん)」は、北朝鮮軍がモデルになっているんだね。

 この架空の軍隊と、1/700の連合艦隊が、ゆるそうと必死に努力しても、どうしてもゆるせないこの人々に対して、コルベ・マリーのことを守り、かつ報復してくれるってわけ。

 先に書いた「ネコ」と同じく、逃避行動の一種なんだけど、ここにやはり、「無意識のうちの悪魔との契約」がなされた可能性があるんだ。契約書にハンコつかされたメカニズムは、先のオナニーについてのものと同様だ。

 本邦初公開だけど、コルベ・マリーの妄想の軍隊、「猫国軍(にゃんこくぐん)」は、ついこのまえまで、ぼくの中に存在し、機能していたんだ。

 高校のとき、うらみかさなる校舎に、ロケット弾を打ち込んでいた。20数年前、ガチでひきこもっていた時には、頭の中で核爆弾が毎日炸裂していた。大学の研究室で、明日をも知れぬ恐怖の中で、博士論文を書きあげ、発表するとき、ぼくはたったひとりになっても、信念のために最後まで抵抗する、塹壕の中の一兵士だった。約15年前、長崎の「聖母騎士社」にはいったときは、「コルベ神父様の精神を復活させるんだ!」といって、みなにリトル・ペブルさんを信じさせるため、たったひとりでゲリラ戦をいどむ特殊部隊の兵士だった。

 これらは、全部、コルベ・マリーの妄想なんだけど、こうやって自分を奮い立たせていたんだ。

 そして、ジャン・マリー神父と共同生活をはじめた約12年前、ぼくの頭の中には「戦車」が走りまわっていたんだ。そして、何か試練とか、危機的状況におそわれると、神様とかマリアママに頼るんじゃなくて、コルベ・マリーの妄想の軍隊、「猫国軍」が戦闘態勢にはいるんだ。

 ジャン・マリー神父は、最初から修道者らしく、神様とマリアママに絶対的に信頼して、「自分に死んで、つぐないに生きる」という価値観。コルベ・マリーは、その正反対の「自分の力」、プラス、無意識で気がつかなかったけど、「悪魔との契約による力」に頼ってたわけなんだね。

 だから、聖シャーベル修道会の第3部門で、修道信徒誓願を立てる、どころじゃないよね。2006年11月1日、誓願を立てる最初のチャンスがやってきたんだけど、そのときぼくは、「貞潔」の誓願が守れないと思ったから辞退したんだ。でも、本質的にはもっと深刻な理由で、ぼくには修道生活はまったく無理だったんだね。

 やさしい、あわれみの神様は、こんなぼくを切り捨てるどころか、このままのぼくで働ける「リトル・ペブル同宿会」をプレゼントしてくれたんだね。

 みんな、考えみて。神様は、自分がこんなにひどい人間だって認識しはじめるまで、やさしく、ゆっくりゆっくり、30年以上かけて導いてくれたんだ。そしていまも、清水小屋の仲間たちのなかで、ゆっくりゆっくり、やさしく導いてくれているんだ。

 マリー・マドレーヌに与えられたメッセージを読みかえしてごらん。コルベ・マリーは、こんなにひどい人間なのに、マリアママは一言もコルベ・マリーを責めたことがないんだ。

 神様は、マリアママは、どれほどやさしいか、コルベ・マリーは証言するよ。そして、リトル・ペブルさんとジャン・マリー神父が、本当に神様の代理者として、信じられないくらい寛大で、どれほどやさしいか、コルベ・マリーはやはり証言するよ。

 次回、「無意識のうちの悪魔との契約」シリーズ、第3弾は、オカルトの実践編だ! お楽しみに (^_^)v

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コルベ・マリー阿部哲朗の告白録(12)

【 無意識のうちの悪魔との契約 】

こまち★

 ぼくは、当時、カトリック信者ではなかったから、オナニーが大罪だとは知らなかった。セックスするのとはちがって、ひとりですることだから、誰も傷つけないから、うしろめたい罪を犯している、って意識はあったけど、中学2年生のとき、とうとう性的な誘惑に負けた。 

 夏ころだったと思うけど、「空想の世界なら誰も傷つけないから、いろんな女の子のことを想像しながらオナニーすることは、しょうがないけどOKだ」、って承諾してしまったんだ。初恋の人に対する「裏切り行為だ!」という罪責感をひきずりながらね。もう自分の意志ではコントロールできなくなってしまったんだ。そのあたりから、性的な妄想がはじまった。

 こう書くと、「わかってて、やってしまった」ようなニュアンスで受け取られそうだけど、まったくちがうんだ。この行為は、自分のはっきりとした意識の中でおこなわれたものではないんだ。47歳のいまになって、よくよく当時を思い出して分析してみると、そういうことだったのか、という、無意識のうちにおこなわれた行為なんだ。

 さきの話しで、「お馬さんと御者」のたとえばなしをしたね。いまもそうだけど、この当時のコルベ・マリーという「御者」はね、異常にストイックで、「純潔であるべし! なんじ、姦淫するなかれ! 女の子と接するのはよくないことだ!」と叫びまくり、お馬さんをビシバシむち打っていたんだ。信じられないくらい徹底的に自己統制していたんだ。だから、はっきりした意識のレベルでは、コルベ・マリー自身の自画像は、「徹底的に純潔を守っている修行僧」「少なくとも、そうありたいと真剣に努力している」、つまり「人一倍、立派な人」なんだね。

 しかし、コルベ・マリーの「お馬さん」、つまり自然な肉体的・精神的・情緒的な部分は、生まれてこのかた、めちゃくちゃにムチ打たれ、やせ細って、瀕死の状態になってたんだ。「しんどいよう…、やすみたいよう…」と、息も絶え絶えに、かぼそい声でうめくコルベ・マリーの「お馬さん」は、そこで、無意識のレベルで、悪魔の誘導にしたがい、「オナニー」という依存症的な行為に走ってしまうんだ。

 「人間」という動物の、動物的に自然な、肉体・精神・情緒の欲求。おなかがすいたとき、「食べたい」、「食べる」、「まんぷく(はぁと!)」っていうのは、「悪いこと」だと思う? あたりまえのことだよね!

 どういう経緯でこうなったのかは、まったくわからないけれど、コルベ・マリーはものごころついたときから、いや、たぶんそれ以前から、ひどい「愛情飢餓」なんだ。動物的に自然なレベルのことが、まったく満たされていないんだ。

 と、同時に、ジャン・マリー神父から指摘されたんだけど、コルベ・マリーは遺伝的に「非常に強い人格」の持ち主なんだ。「誰が何と言おうと、こうと決めたら徹底的に最後までつらぬきとおす」んだね。

 ぼくの中には、「異常なストイックさ」と、その反動からくる「依存症的な行動」が共存しているんだ。たとえて言うと、自動車で、アクセルとブレーキを同時に力いっぱい踏み込んでいるような状態なんだね。自動車は、ぶっこわれてしまう。

 中学2年生のときの話しに戻るとね、無意識のレベルでの出来事なんだけど、自分でもわからない「愛情飢餓」という部分に、悪魔が強力に「空想の世界なら誰も傷つけないから、いろんな女の子のことを想像しながらオナニーしてもいいじゃないか!」とはたらきかけたんだね。もちろん、はっきりした意識のレベルでは、「御者」が異常なストイックさで「絶対にダメ!」って、叫びつづけているんだけど、無意識のレベルの「お馬さん」は、それに飛びついちゃったんだね。

 ここで、「無意識のうちの悪魔との契約」が成立しちゃった可能性があるんだ。催眠商法とか、いろんな押し売りの手口があるよね。知らないうちにハンコついちゃって、ひどいめにあわされるやつ。あれと同じようなものだね。

 こうしてみると、ぼくには他にも思い当たる「無意識のうちの悪魔との契約」がいくつかあるんだ。これは、また、おいおい書いていくとして……。

 神様が、こんなぼくに、ジャン・マリー神父という経験ゆたかで、信じられないくらい寛大な霊的指導者を与えてくれて、とっても感謝なことだよ。ジャン・マリー神父の指導がなかったら、ぼくは、こんなにゆがんでしまっている本当の姿を、まったく認識することができずに、地獄へ向かってまっしぐらに突き進んでいたと思うよ。

 そうだね、ぼくはみんなより恵まれた環境にいると思うけど、これは、ぼくがみんなよりはるかに悪い霊魂だから、手取り足取りのお世話が必要だからなんだろうね。神ちゃま、ありがとう! マリアママ、ありがとう!

 だんだんわかってもらえると思うけど、みんなは、ぼくよりずっとましなんだよ。ぼくは、こんなに悪い霊魂なんだけど、神ちゃまは、ぼくをとっても愛して、神ちゃまのお仕事によろこんで用いてくださっているんだ。

 いま、神ちゃまが、みんなにお望みになっていることは、とっても簡単なんだよ。ジャン・マリー神父のもとで、「リトル・ペブルさんを堂々と支持すること!」、「幼な子のように、神ちゃまとマリアママとおはなしすること!」、たったこれだけなんだ。

 みんなは、ぼくよりはるかにましなんだから、ぼくなんかより神ちゃまのために、マリアママのために、もっとよくはたらけると思うんだけどなぁ~!

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コルベ・マリー阿部哲朗の告白録(11)

【 異常なストイックさと、依存症的行動 】

ねこちゃん

 ぼくは、ものごころついたときから、女の子と話しができない。小さいころから、女の子が近くにくると、真っ赤になって、頭が真っ白になって、何もできなくなってしまう。「赤毛のアン」という物語に、マシューさんというおじいさんが出てくるんだけど、まさにぼくの師匠みたいな人だ。 

 もうひとつ、いつのころからかわからないけど、修行僧のようにストイックに独身をつらぬこうと考えるようになった。と、同時に「結婚」することにも強烈にあこがれた。なんだかわからないけど、明治時代の日本にあったような、貞操という価値観が、小さいころからあった。

 中学1年生のときに初恋をした。同じクラスの学級委員長をしていて、成績もトップクラスの女の子だったけれど、ひとめぼれだった。初恋だから、純粋にその子だけにすべてをささげようと思った。

 その子とは、高校3年までいっしょだった。向こうもぼくのこと好きになってくれていたみたいだった。しかし、女の子がそばに来ただけで、かちんこちん、まっかっか、頭の中まっしろ、になってしまうのに、ましてや、その子の前ではパニック状態になって、気を失いそうになってしまう。

 6年間、なんどもチャンスはあったはずなのに、ぼくが覚えている唯一の会話は、その子「阿部」、ぼく「あぅ~」、だけだ。明治時代だったら、親とかまわりが察してくれて、18歳でめでたく結婚、ってことになってただろうね。

 こんなふうに、頭の中では異常なほどのストイックさで「純潔」をたもとうとしていたけど、肉体はコントロールできない。中学一年で、第二次性徴期になると、射精がはじまった。前に書いたけど、ぼくはものごころついたときから、寝るとき、ふとんのなかでうつ伏せになっておちんちんをこするという、オナニー的な自慰行為をしていたから、射精がはじまって、パンツとズボンがぬれてしまうようになった。

 また、「純潔」であろうとする意志とはうらはらに、中学一年のころから、女性に対する性的な誘惑がはじまった。いかんいかんと思いながらも、性的なことを想像しながらおちんちんをこするという行為だから、完全にオナニーだわね。朝、パンツとズボンをぬらしている姿を見て、親は「やめなさい」というので、「やっぱり、いけないことなんだ」とは思うんだけど、具体的にどう対処する?ってことは、ぼくには自覚がないし、親は「やめろ」の一点張りだから、相談のしようもない。

 ぼくは、このオナニーは、初恋の女の子に対する「裏切り行為」だと思っていたもんだから、時間とともに汚れていく自分が、どうしようもなくいやになった。あとになって、やっとこさ気がついたんだけど、中学のとき、ぼくはけっこうもてたんだね。いろんな女の子が、ぼくにアプローチしてきた。で、それは、性的な誘惑に直結したから、ぼくは気が狂いそうになるほど、その子たちを忌み嫌った。

 いまになって、ジャン・マリー神父に、このことを打ち明けてみると、「コルベ・マリーは異常だよ」と言われた。ものごころついたとき、すでに異常だというんだ。

 ジャン・マリー神父がするおもしろいたとえでね、お馬さんと背中にのっている御者(ぎょしゃ)の関係にたとえてみるんだ。お馬さんは、「人間」という動物的な部分のことで、自然な肉体的、精神的、情緒的な反応をするんだね。御者は、「飲みたい」「食べたい」「休みたい」って要求するお馬さんに、「こうしなさい」って命令する存在。

 コルベ・マリーの場合、この御者が、めちゃくちゃな命令ばかりする、とんでもないやつだ、って言うんだ。

 たとえば、ものごころついたとき、「女の子と接するのはよくないことだ!」とコルベ・マリーの御者は、お馬さんにきびしく命令しているんだね。こんなこと、ふつうの幼児にはおこらないんだ。

 まえに、よその家にいくと、食べることも、飲むことも、トイレにいくこともできなくなってしまう、って話したね。これも、お馬さんが「食べたいよ」「飲みたいよ」「トイレにいきたいよ」って自然に要求するんだけど、コルベ・マリーの御者は、「親に叱られるから」「この家の人に迷惑がかかるから」「はしたないから」などと、いろいろ、もっともらしい理由をつけて、「がまんしろ!」って、めちゃくちゃな命令をして、お馬さんをムチ打って、無理やり従わせようとしてきたんだね。

 だから、ムチ打たれて、傷だらけで、やせ細ったお馬さんは、ふらふらと、なにがしかの依存症的な行動に走ろうとする。水をがぶ飲みするとか、オナニー的な行為をするとかは、お馬さんからの「SOS」信号だったんだね。

 いま、毎日夜8時から、ジャン・マリー神父に打ち明け話をしているんだ。告解ではないけど、告解に準ずるくらい個人的な闇の部分を、できるだけ洗いざらい話すようにしているんだ。そうすると、いままで自分ひとりでは気がつかなかった、とんでもない傲慢な自画像が浮かび上がってくる。

 あまりに汚い、醜いことを打ち明けるから、普通の人には毒性が強すぎて、聞くに耐えないだろうね。でも、ジャン・マリー神父は、神様の代理者だし、他の神父がもっていないほど、とんでもなく寛容で、経験豊かだから、こんなぼくでも安心して打ち明けることができるんだ。

 ぼくは、すっごく恵まれているよ。ご聖体のイエズスと、こんなにやさしく、強いジャン・マリー神父といっしょにいることができるなんて!

 神様、マリアママ、天使くん、聖人くんたちが、できの悪い子ほど愛してくれるっていうのは、ほんとうだよ!

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コルベ・マリー阿部哲朗の告白録(10)

【 問題行動の数々…(5)】

カマキリ★

 前回、ねこのことを、おもしろおかしく書いたけど、実はこれは、ぼくの中に内在する異常なストレスからくる、回避行動のひとつなんだ。

「ねこ」は表面にあらわれる、一見して無害なものに思われるけど、本質的には、きわめて深刻な問題を内面にかかえているんだ。

 ジャン・マリー神父はよく、「日本人には、カトリックの信仰うんぬんの前に、情緒の傷のケアが必要だ」と言うんだね。欧米のキリスト教文化圏、パキスタンやアフリカなどの貧しいけど純朴な国の人々とはちがって、日本は「しつけの文化」で、世界一、人間らしさ、おおらかさのない国なんだね。

 人間には、神様がひとりひとりに創造してくださった霊魂という永久不滅の存在がある。それぞれの霊魂には、他の霊魂たちとはまったく違う個性がある。また、人間は動物の一種でもあるから、成長過程で、動物的に自然な肉体的・精神的欲求というものがある。日本の親たちは、それをまったく無視して、「この子のため」という大義名分をふりまわして、「盆栽」みたいに無理やりねじまげ、型枠にはめ、萎縮した、いびつな人間にしてしまうんだ。

 ぼくの中にある本質的な大問題は、「異常なストイックさ」と、その反動からくる、何かにのめりこんで破滅にむかってまっしぐらに進んでしまう「依存症」的な、まったく相反する二つのものが存在していることだ。

 47年間の人生で、ぼくは「異常なストイックさ」という外見だけを、みんなに見せてきた。多くの人々は、ぼくの学歴・業績を見て、何かえらい人、修道者のような人、近寄りがたい人etc だと思うだろう。もし、ぼくたちが最初の神様のシナリオ通り、聖シャーベル修道会の共同体のまま進んで、ぼくが第3部門の修道信徒誓願をたてていたら、外見上ぼくは、その役割を演じきっただろうと思う。

 でも、「ぼく個人の救い」ということを考えると、先にも書いたように、イスカリオテのユダのように、行動の第一の動機が「自尊心」「プライド」「自分をほめたたえること」だから、自分が罪深い人間であることを認めようとはせずに、「あわれみの神様」がやさしくさしのべてくれるその手をはらいのけて、自暴自棄になって、地獄へ自分で飛び込んでしまっていたと思う。

 傲慢(ごうまん)で、自分が「清く、正しく、美しい(笑)」と思い上がって、同宿会創立後、約2年たっても人ごとのように考えていた、このもっともあわれで、もっともみじめなぼくに、やさしい神様は、「リトル・ペブル同宿会」という「ぼくの居場所」をつくってくれた。

 一連のロザリオの祈りの最後に、「ああイエズスよ、……すべての霊魂、ことに主の御(おん)あわれみを最も必要とする霊魂を、天国へ導き給え。」 というのがあるけど、これ人ごとじゃなくて、ぼく自身のことなんだね。

 みんなは、どんなに罪深くって、その罪から抜けられないとしても、イスカリオテのユダのようなぼくよりは、はるかにましな霊魂なんだよ。ジャン・マリー神父は、こんなぼくを12年間も、いやな顔ひとつせずに、むしろ、よろこんでお世話してくれたんだ。

 だから、みんな、こわがらないで、ジャン・マリー神父のもとへ、やさしいマリアママのもとへおいで。彼は、すごくやさしい神父だよ。とくに、間違っている人、罪人にたいして、信じられないくらいあわれみぶかい神父だよ。こわがらないで、心をひらいて、悪さをもろだしにしてね。みんな受け入れてくれるよ。

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コルベ・マリー阿部哲朗の告白録(9)

【 問題行動の数々…(4)】

 いまも残っている、おかしな習性のひとつが「ねこ」だ。こるべまりいはネコだにゃ! べつに自分が本当に「ねこ」だなんて考えているわけではなく、本物の猫が好きなわけでもない。でも、こるべまりいは、4歳(?)くらいのときから、47歳の今にいたるまで、「ねこ」なのにゃ!

 ぼくはほかの男の子たちとはちがって、ひとりで遊ぶのが好きだった。レゴが大好きで、夢中になってひとりで遊んでいた。4歳くらいだったと思うけど、父がおみやげで「ねこ」のキーホルダーをくれた。3センチくらいの小さなものだったけれど、それが異常に気に入って、「ねこちゃんパック」と名づけて、ブロック遊びの主人公にして、いろんな空想物語を「にゃー、にゃー」いいながらつくって遊んでいた。

 小学校にはいっても、「にゃー、にゃー」いいつづけた。クラスメイトから「にゃんごろう」というあだ名をもらった。中学校・高校・大学でも「にゃー、にゃー」いいつづけた。会社にはいっても「にゃー、にゃー」いいつづけた。そして、いまでも「にゃー、にゃー」いいつづけている。

 2年ほど前、まだ聖シャーベル修道会の第3部門修練者だったときだと思うけど、イエズスから「ねこは死刑にしてほしい」と言われて、ど~んと落ち込んでしまった。結婚してお父さん神父になりたいと思ってたから、しょうがないなぁ、と思ってブログに「ねこは死刑宣言」を出したけど、40数年間「にゃー、にゃー」いってたのを急にやめるのは、やっぱしんどくてね。

 すぐにマリアママが、「イエズスが『ねこは死刑』といったけど、あれは冗談ですよ」っていってくれて、ほっとした。逆に、マリアママとジェンマ姉ちゃん(だったと思うけど)が、名古屋で、「猫のぬいぐるみを買ってね」、「名古屋は『哺乳瓶共同体』、秋田は『ねこ共同体』です」って、いわれちゃった!

 こんなに親しみのある御出現は、カトリックでは前代未聞だと思うよ。名古屋で買った猫(虎の子?)のぬいぐるみは、ジャン・マリー神父が「ロビーちゃん」って命名してくれた。コルベ・マリーが、いつも自室にひきこもって、よくねころんでいるから、「寝転び」→「ねころび」→「ねこロビー」になったんだってさ!

 名古屋から秋田への帰路、ロビーちゃんが夜中ずっと、ハンドルにぎって運転していったんだよ。

 ジャン・マリー神父は、「動物は大好きだけど、その中でねこは一番きらい!(笑)」って言ってて、でもマリアママから、秋田の共同体が「ねこ共同体」って命名されちゃったから、やっぱり、「コルベ・マリーには、いつも泣かされています、うぅー、うぅー(泣)」って言ってるんだ。あっはっは!

 いや、たしかに、「にゃー、にゃー」っていうのは、逃避行動の一種だし、自分はすごい変人だし、みんなからは「きしょい!」っていわれるけど、神様はこんなぼくを、いつもニコニコしながら見守ってくれているんだ。

 ぼく自身、「ねこ」が何の役に立つのか、さっぱりわからないけど、イエズスもマリアママも、天のみんなは、このままのぼくを愛し、楽しんでくれているんだね。

 ケルビムちゃんたちは、ぼくのいたずら仲間さ! いつもぼくは、「ケルビムちゃん、こんどはどんないたずらしようか?」って言って、ケルビムちゃんたちを困らせているんだよ! ふふっ!

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コルベ・マリー阿部哲朗の告白録(8)

コルベ・マリー阿部哲朗の告白録(8)
【 問題行動の数々…(3) 】

 さらにさかのぼって、幼少期のころを、できるだけ思い出してみよう。

 ものごころついたとき、一日のすべてが苦痛と不安と緊張でいっぱいだった。顔をあらうこと、服をきがえること、ごはんを食べること、歯をみがくこと。いつもガミガミ言われて、いつも泣いていた。掃除の音は恐怖そのものだ。いつ叱られるか、いつもびくびくしていた。夜8時、ふとんにはいって寝るときが、いちばんしあわせだった。

 おねしょは、小学校3年生までなおらなかった。何歳のころだったか、3歳か4歳くらいじゃなかったろうか、カレンダーに毎日バツ印がつけられていくんだ。「今度やったらゆるさないからね!」と毎日きびしくいわれた。でも、どうしても真夜中、ジョンジョリともらしてしまう。母に見つかるのがこわかったから、いっしょうけんめい寝巻きと布団をパタパタやって、かわかそうとする。そのうち母が見つけて、ガミガミはじまる。泣きべそかいて、とほうにくれて、嵐がすぎさるのを、ひたすら待った。

 よく思い出してみると、ものごころついたとき、すでにオナニー(自慰行為)をしていた。夜8時、ふとんにはいると、うつぶせになって、おちんちんをふとんにこすりけていた。そうすると、気持ちよくて、ほっとできた。幼児だから、エロいことは考えないし、射精もしないけど、行為はオナニーと同じなんだね。

 あと、ふとんのかどっこ(?)で手のひらをこちょこちょいじるくせがある。たぶん、赤ちゃんがお母さんの乳首で遊んでいることの名残じゃないかと思う。そして、頭からふとんをかぶって、雪国の雪ん子みたいなかっこうをしないと眠れない。寝相は悪く、一晩で5〜6回転くらいはする。今でもこのくせはつづいている。

 寝つきはすごく悪い。なぜって、一日のうちいちばんしあわせな時間で、子猫かヒヨコになって、おかあさんの羽の下で、ぬくぬくとしあわせに眠る、っていうような、しあわせな空想にひたることができるからだ。

 なぜか、ぼくはものごころついたときから人見知りがはげしかった。大人であれ、子供であれ、知らない人々がくると、父と母のうしろにかくれた。両親が言うには、色白でとても「かわいい子」といわれ、お菓子とかいっぱいもらったらしいが、ぼくは人に会うのはいやだった。「絶対にいや!」だった。みんなに気に入られる「よい子」を演じなければならなかったから。

 父と母には、いつも「だっこ」「おんぶ」をせがんだ。されているあいだはいいけど、おろされると、ず〜っと「だっこ」「おんぶ」をせがみつづけた。満足することを知らなかった。そして要求がみたされないと、泣いたり、すねたり、怒ったりを、ず〜っとしていた。

 水を異常によく飲んだ。今でも毎日5〜6リットルは軽く飲んでいる。水がないと、食事がのどを通らない。

 よその家や、外出先では、まったく飲食ができなくなった。トイレもひたすら我慢した。「おしっこしたい」「うんこしたい」が言えなかった。なぜかはわからない、どうしてもグッっとつまって、言えなくなってしまうんだ。毎年、夏休みのあいだ、約一ヶ月、新潟のおじいちゃん、おばあちゃんのところへ、母と弟と行くんだけど、その間、まったく食べれなくなって、いつもげっそりやせて帰ってきた。

 もうひとつ、かわったところは、ものごころついたときすでに、神様が大好きで、「のんのさま」「のんのさま」といっていたらしい。家はクリスチャンでも何でもなかったから、どんな神様なのかは、さっぱりわからなかったけれど、神様のことを思いめぐらすのは、ぼくのしあわせだった。

 名前のない神様。でも神ちゃまは、こんな小さいときから、ぼくとおはなししてくれて、やさしくみまもってくれていたんだね。マリアママの母性的なやさしい愛も感じていたよ。「マリアママ」って名前は知らなかったけれど、神ちゃまのようにやさしいお母さん、って感じだったね。だから、よけい、ふとんにはいって寝るときが、いちばんしあわせなときだったよ。

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コルベ・マリー阿部哲朗の告白録(8)

【  問題行動の数々…(3) 】

 さらにさかのぼって、幼少期のころを、できるだけ思い出してみよう。

 ものごころついたとき、一日のすべてが苦痛と不安と緊張でいっぱいだった。顔をあらうこと、服をきがえること、ごはんを食べること、歯をみがくこと。いつもガミガミ言われて、いつも泣いていた。掃除の音は恐怖そのものだ。いつ叱られるか、いつもびくびくしていた。夜8時、ふとんにはいって寝るときが、いちばんしあわせだった。

 おねしょは、小学校3年生までなおらなかった。何歳のころだったか、3歳か4歳くらいじゃなかったろうか、カレンダーに毎日バツ印がつけられていくんだ。「今度やったらゆるさないからね!」と毎日きびしくいわれた。でも、どうしても真夜中、ジョンジョリともらしてしまう。母に見つかるのがこわかったから、いっしょうけんめい寝巻きと布団をパタパタやって、かわかそうとする。そのうち母が見つけて、ガミガミはじまる。泣きべそかいて、とほうにくれて、嵐がすぎさるのを、ひたすら待った。

 よく思い出してみると、ものごころついたとき、すでにオナニー(自慰行為)をしていた。夜8時、ふとんにはいると、うつぶせになって、おちんちんをふとんにこすりけていた。そうすると、気持ちよくて、ほっとできた。幼児だから、エロいことは考えないし、射精もしないけど、行為はオナニーと同じなんだね。

 あと、ふとんのかどっこ(?)で手のひらをこちょこちょいじるくせがある。たぶん、赤ちゃんがお母さんの乳首で遊んでいることの名残じゃないかと思う。そして、頭からふとんをかぶって、雪国の雪ん子みたいなかっこうをしないと眠れない。寝相は悪く、一晩で5~6回転くらいはする。今でもこのくせはつづいている。

 寝つきはすごく悪い。なぜって、一日のうちいちばんしあわせな時間で、子猫かヒヨコになって、おかあさんの羽の下で、ぬくぬくとしあわせに眠る、っていうような、しあわせな空想にひたることができるからだ。

 なぜか、ぼくはものごころついたときから人見知りがはげしかった。大人であれ、子供であれ、知らない人々がくると、父と母のうしろにかくれた。両親が言うには、色白でとても「かわいい子」といわれ、お菓子とかいっぱいもらったらしいが、ぼくは人に会うのはいやだった。「絶対にいや!」だった。みんなに気に入られる「よい子」を演じなければならなかったから。

 父と母には、いつも「だっこ」「おんぶ」をせがんだ。されているあいだはいいけど、おろされると、ず~っと「だっこ」「おんぶ」をせがみつづけた。満足することを知らなかった。そして要求がみたされないと、泣いたり、すねたり、怒ったりを、ず~っとしていた。

 水を異常によく飲んだ。今でも毎日5~6リットルは軽く飲んでいる。水がないと、食事がのどを通らない。

 よその家や、外出先では、まったく飲食ができなくなった。トイレもひたすら我慢した。「おしっこしたい」「うんこしたい」が言えなかった。なぜかはわからない、どうしてもグッっとつまって、言えなくなってしまうんだ。毎年、夏休みのあいだ、約一ヶ月、新潟のおじいちゃん、おばあちゃんのところへ、母と弟と行くんだけど、その間、まったく食べれなくなって、いつもげっそりやせて帰ってきた。

 もうひとつ、かわったところは、ものごころついたときすでに、神様が大好きで、「のんのさま」「のんのさま」といっていたらしい。家はクリスチャンでも何でもなかったから、どんな神様なのかは、さっぱりわからなかったけれど、神様のことを思いめぐらすのは、ぼくのしあわせだった。

 名前のない神様。でも神ちゃまは、こんな小さいときから、ぼくとおはなししてくれて、やさしくみまもってくれていたんだね。マリアママの母性的なやさしい愛も感じていたよ。「マリアママ」って名前は知らなかったけれど、神ちゃまのようにやさしいお母さん、って感じだったね。だから、よけい、ふとんにはいって寝るときが、いちばんしあわせなときだったよ。

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