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マリア・アントニアに与えられた天からのメッセージ 2015年12月1日

AM9:20頃
天の介入
 ミサの途中で2回目のフルエクソシズムをしてもらっていた時に、ちょうど十字を切りながらとなえる部分の半分が終わった頃、それまではすごく眠くて立っていられない状態だったんだけど、急に眠気がなくなって気分が良くなった。このごろのミサではオルガンをひく時も、聖変化式の時もいつでも眠気におそわれて、自分が何をしているのか、今はどの部分をやっているのかとかわからなくてめちゃくちゃになっていた。今日のミサの眠気がなくなったあとからはずっといい気分でいることができた。

ヴィジョンとローキューション
 今日の聖変化式の中で、ぶどう酒から御血へと変わる時に、ジャン・マリーがカリスを持ち上げてそこで動きをとめるところにきた時、映画「パッション」のイエズスが十字架上にてなくなられたあとに、本当に死んだのか確かめるために、ロンジーノが脇腹をやりでつくようにと命令されて、やりでついた時に、イエズスの御血と御水がロンジーノにかかった場面が頭に思い浮かんできていた。つまり、見えてきた。そしてロンジーノが改心した瞬間の場面で、そこで1度終わった。そして次に順番が逆になるんだけど、イエズスがユダに裏切られて連れて行かれる時の場面が出てきて、使徒たちが兵士と争うところで、ペトロにーちゃんがマルコスの耳をナイフで切った。マルコスはパニックになっていて何も出来ない状態になっていたんだけど、そこにイエズスが近づいてきて、切り取られた耳をひろいあげてマルコスの耳にくっつけて元にもどしてくれた。マルコスの顔は何とも言えない、おだやかな表情になっていて、しばらくはまわりの声も聞こえていないようで、感動しているみたいだった。マルコスの場面はここでおわった。次にまた場面はカルワリオの丘の上の十字架にはりつけにされたイエズスのところに戻ってきた。その時にディスマスとイエズスの会話があって、ゲスマスの目がからすにつつかれる場面になって、そこでその場面が終わった。そのあとに今度はイエズスがなくなった時の場面になった。「なしとげられた」という言葉のあとに、大祭司の住んでいた家の天幕がまっぷたつに引き裂かれて、地震とともに家の中がめちゃくちゃになっていったところの場面を見た。そのあとに、もう1度ロンジーノだと思うんだけど、ひざまづいて天をあおぎながら、心の中でつぶやいたと思われる。「この人はほんとに神の子だった。」という言葉が聞こえてきた。でもどちらかというと誰かが言ったというよりは改心した人々の叫びのようだった。そしてヴィジョンは終わった。その時気がついたというかヴィジョンがおわった時に、我にかえったという感じで、ミサの進みぐあいを見ると、もう聖変化式はひととおり終わっていて、聖変化後の祈りになっていた。

 神ちゃまの与えられる改心のめぐみはその人の立場、名誉(地位?)に関係なく、お金を持っている人であろうが、貧乏で明日の事も不安な状態の人であろうが関係なく、今までの、おこないがとんでもない人であろうが、悪い事しかしていない人であろうが、あきらめている人であろうが、人間の考えているタイミングではなくて、神の目から見て良いと思われるタイミングでそそがれる。今までの自分のしてきた事が悪すぎても、環境や親の育て方で、「だから私は救われない」と決めつけてはいけない。最終的に決めるのは、自分の自由意志だから、天国で神ちゃまのそばで暮らしたいと望んで、ゆるしてちょ!って言って素直になればいい。と聞こえてきた。これを書く事をアドラシオンをしている時に、私の守護の天使アントニウスちゃんが「1部分抜けているよ!書き加えて!」とおしえてくれた。


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