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「33年」(64)大迫害のしるしと八重の妊娠

「33年」(64)大迫害のしるしと八重の妊娠
 1614年の6月末、一年で一番日が長いころだ。シストとカタリナがクララといっしょに、えんがわに腰かけている。シストは、仕事が終わると、こうしてクララに助けてもらいながら、カタリナといっしょにお礼の手紙を少しづつ読んでいるのだ。シスト家では、読むことにかけては、クララが一番だ。今、また、一通のお礼の手紙を読み終わった。

シスト
「この人もだね、何も関係ない右の五軒と左の五軒の家の人もいっしょに罰するって言われて、『ころびます』って誓約した人がほとんどだね。」

 シストとカタリナは、悲しそうな顔をしている。

カタリナ
「ひどいわ。こんなやり方って。」

シスト
「そうだね。これはね、役人に密告させるための制度なんだよ。お互いに見張らせるやり方なんだ。」

カタリナ
「いやらしいやり方だわ。」

 二人のやりとりを聞いたクララが、自分の体験を思い出して語る。

クララ
「役人たちが、ライ病院に来て、中の人をみんなつかまえてしまった時、私、外におつかいに行ってたの。もう誰も中に入れなくなって、私一人ぼっちになっちゃったんだ。皆、知ってる人は、おまえをつれてかえると、となり近所に密告されてしまうから、かわいそうだけどつれて帰れないって言ったの。それで私、橋の下に行って、こじきの仲間にいれてもらったのよ。」

カタリナ
「まあ、そうだったの……」

シスト
「なんてことだ、カタリナ。日本人はこのやり方にはものすごく弱いね。」

カタリナ
「シスト。京や大阪や伏見や堺から逃げてきた人たち。あの人たちは、となり近所から『出ていけ!』って追い立てられた人ばかりよね。」

シスト
「うん、もし鉱山の地下教会がなかったら、行くところもなく、飢えと寒さで野たれ死にしてしまったでしょうって、その人たちは、みんな書いているね。」

カタリナ
「でも、シスト、鉱山の地下教会には迫害が絶対こないなんて言えないわよね。」

シスト
「うん。今回のキリシタン追放令で、日本中でたった一ヶ所、鉱山ではここだけがやりだまにあげられて、それですんだけどね。ほかは、どこの鉱山も何の迫害もなかった。どうしてここだけが迫害されたんだろうって、ぼくは考えるんだ。」

カタリナ
「どうして?」

シスト
「神様がきっと、ぼくにこう教えているんだ。いつかきっと日本中の鉱山に迫害が来るから、その準備をしなさいって。」

カタリナ
「やっぱり。」

 シストはだまって夕ぐれの空を見上げる。考えているのがわかるので、カタリナも同じように空を見ながらだまっている。やっとシストがカタリナの方を向いて、にこっとする。そして一言いう。

シスト
「この両どなりあわせて10軒の連座制度の迫害に対抗する方法を、何とか見つけないといけないね。」

 シストとカタリナとクララが家の中に入っていく。シスト家の晩ごはんの様子が見える。とてもにぎやかだ。話したり笑ったり。

ルイス
「みんな。ちょっと聞いて。八重から話しがあるって。」

 八重がまっかになって、シストとカタリナの方へ体を向ける。

八重
「とうさん、かあさん、おら、こどもでぎだみった。」
(おとうさん、おかあさん、私、子どもができたの。) 

シスト
「えー。」

カタリナ
「きゃー。」

 シストがこんなに驚いて、ろうばいするのはめったに見ない。目を大きくしたまま立ちあがり、八重のところへ行き、八重の手を引いて立ち上がらせる。八重のおなかに手を置いてなでてみる。そしてつぶやく。

シスト
「本当だ。すこしふくらんでる。ここにぼくの孫がいるのか……」

 びっくりしたシストが、まだ子どものような若い八重をやさしく抱きしめる。

シスト
「八重。ありがとう。」

 シストは八重のおでこにキスをする。シストが八重をはなすと、今度はカタリナだ。八重をハッグして、

カタリナ
「うれしいわ。孫だなんて……」

 カタリナは、もう泣いている。シストとカタリナにならって、皆が次々に八重をハッグする。そして、おめでとうを言う。皆は、大はしゃぎ。一人シストが静かだ。目はキラキラしている。しかし、白昼夢でも見ているような感じだ。

ルイス
「おとうさん、お祝いに、お酒飲もうよ。」

 ルイスがシストの顔を見て、いつもとちがうのに驚く。

ルイス
「おとうさん、どうしたんだい。夢でも見ているの?」

 皆が、パッとシストを見て、同じように感じて、口々に「お父さん、どうしたの?」って聞く。

シスト
「夢を見てたんじゃなくて、今、大きな大きな夢を描いていたんだ。」

 ニコニコしながら、シストが宙を見たまま答える。


「どんな? どんな?」

シスト
「ぼくの血をひくものが、いつか、いつの日か祖国、高麗(こうらい)のためにキリシタンとして働くって夢。祖国をイエズスとマリアママのものにするために大活躍するっていう夢だよ。」

カタリナ
「わー、すてき! きっとそうなってほしいわ!」

シスト
「カタリナ、孫ができるって、むしょうにうれしいものだね。」

カタリナ
「シスト、私なんか、さっき孫のこときいたとたん、体がとけてしまいそうだったわ。」

 これを聞いて、皆がわーっと叫ぶ。ルイスがお酒をもってきて、にぎやかなだんらんが続く。

 同じ夜、シストとカタリナが寝室で語りあっている。

シスト
「ぼくの血をつぐ子が、日本人の女の子のおなかの中にいるって不思議だなあ。ぼくは高麗人なのに、三代目のその子は半分日本人だろう。四代目、五代目って、どんどん日本人になっていくんだね……」

カタリナ
「シスト。夕方、日本人の弱さについて、いっしょに話したわよね。この子も、その弱さをもって生まれてくるのかしら?」

シスト
「うん。それはさけられないね。」

カタリナ
「迫害が連座制度でしかけられたら、キリシタンでいつづけられるかしら?」

シスト
「うーん。そこが、問題だなー。何とかしなくては……」

 シストは天井を見つめて、だまって考える。やがて二人は眠るために目をとじる。

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2009年6月14日 UP
著者 ミッシェル・マリー・フランソワ奥田力
(C) 箱舟の聖母社

http://lphakobune.web.fc2.com/33nen_064.html

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「33年」(63-2)お礼の品……マリア観音

「33年」(63-2)お礼の品……マリア観音
 そして、その日が来た。つけものとお茶を用意していると、戸がたたかれた。シストとカタリナは玄関の戸を開けて、外を見て、びっくり。すごく多勢の人が集まっている。江戸からきた約100人が、みんないる。林の親分と三太夫親分がつれてきたのだ。

 他にも、来れるキリシタンで、迫害のためにそのあと逃げてきた人は、みんな来たようだ。台が置かれていて、何かが白い布をかけられておいてある。そのとなりに杉の木の箱がある。クララが、そこに恥ずかしそうにして出てくる。

クララ
「おとうさん。おかあさん。ちょっときて。」

 シストとカタリナは、クララが何か代表してするみたいなので、「何だろう?」と顔をみあわせながら外にでてくる。クララはできるだけ大きな声を出す。皆に聞こえるようにだ。

クララ
「おとうさん、おかあさん。今日、お礼がしたくって、私たち集まりました。おとうさんとおかあさんがいなければ、私たちはいったいどうなっていたことでしょう。私は……」

 クララは、家も食べものもなかった日々と、生みの父親の斬首の遺体が切りきざまれたことを思い出して、しゃべれなくなった。泣きながらやっと言う。

クララ
「これ取って。これ、お礼の品。」

 シストが白い布をとる。あらわれたのはマリア観音だ。

カタリナ
「まあー。こんな……。どうしよおー……。」

 皆が手をたたいている。クララの涙に同情のもらい泣き。それに今、よろこびのうれし泣き。カタリナは、クララをハッグし、なぐさめながら、口は「ありがとう」をくり返す。シストは母性あふれるマリアママの姿に、たちまちとりこになる。イエズスもとてもかわいらしい。

(この石を彫って作ったマリア観音は、今、寺沢の殉教公園のてっぺんに「北向き観音」と呼ばれて、小さなお堂の中に置かれている。シストとカタリナの殉教の直後から、約4世紀にわたって、ここにおかれ、崇敬されてきている。)

シスト
「何てすてきなマリアママとイエズスの石像なんだろう。ぼくは、うれしくって胸がいっぱいで……」

 シストも感きわまってしまった。ここまでくるのに、ならずものたちをひきいて、神の国の敵と、祖国の敵と戦ってきた20年があるのだ。

 シストとカタリナが目の前にしているのは、ならずものたちが受け皿となって迎え入れられた品行方正なキリシタンたちだ。これは20年の実りのほんの一部にすぎない。

 今、現実に、ならずものたちの巨大な地下教会が存在し、そこに数万人の品行方正なキリシタンたちが全国から流れこんできている。

 しかし、シストとカタリナは自分をたいしたものだとは、これっぽちも考えない。実りの巨大さが、これは自分たちの手がらでは決してないのだと確信させるのだ。シストは続ける。

シスト
「皆さん、ぼくとカタリナはいったい何者でしょう。高麗(こうらい)から連行されてきた時は、ぼくは20才、カタリナは15才の若い夫婦。戦利品の奴隷。キリシタンでもなく、日本語も知らない、みじめな二人でした。

 そんな、ぼくたち二人がいったい何をしたというのでしょう。二年後、石見銀山に連れていかれてから、その時、その時、神様が思いつかせてくれることを、そのとおりにやってきただけです。

 神様ご自身が全てをなさったのです。ぼくたちはただ、神様に道具として使っていただいただけです。ぼくもカタリナも、立派なことは何もできない人間で、最低最悪で、何も知らない子どものような者です。

 ぼくたちは、祖国の敵、秀吉と侵略軍をゆるせない、愛せない、祝福できないでいた長い期間、自分たちが最低最悪の人間だって痛感させられました。

 二人は、その時から、どんな悪い子も決して見捨てないお母さんのマリアママのことが理解できるようになりました。そして、マリアママ的な地下教会をつくろうって語りあってきたんです。

 ならずものたちではじまり、今、信仰を捨てると誓約した人も、苦しみは耐えられないと迫害をさけて逃げてきた人も加わったので、この地下教会は、どんな子も見捨てないマリアママ的な地下教会だということが、本当に証明されました。この石像は、そのしるしのように見えます。

 マリアママ的な地下教会の姿のように見えます。皆さん本当にありがとう。この石像はぼくたちの家で大切にあずかります。ぼくたち二人が殉教したら、この石像は皆さんのものにしてください。」

 聞いている皆は、「マリアママ的な地下教会」「どんな子も決して見捨てないマリアママ」という言葉に感動している。神さまは、そしてマリアママは、どんな悪い子も決して見捨てないというのは、何とすばらしいことだろうと。

 それだけでなく、皆は、この大将と女大将自身が、どんな悪い子も見捨てない、羊のためによろこんで命を捨てる本当の牧者だと思う。

 今、シストとカタリナは見つめあい、ほほえみをかわす。それを見て、カタリナにだきついていたクララがいう。

クララ
「おかあさん、おとうさん、となりの箱にはお礼のお手紙がいっぱいはいっているの。」

 シストがふたをとった。手紙がふちまでいっぱいだ。ぶ厚いものもけっこう多い。実はこの手紙は、お礼だけが書かれているのではない、当然のことだが、それぞれ書いた人の体験が書かれているのだ。それを読むことでシストはいろいろな情報を得、今後に役立てることになる。

 このびっくりプレゼントの贈呈式のあと、シストの家では学校について話し合われ、ヨアキム近江夫妻が中心となって、信仰教育の学校がはじめられることになった。ヨアキム近江とエリザベータ近江は、こうして中心的なキリシタンとして、今後10年間働くことになる。

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2009年6月14日 UP
著者 ミッシェル・マリー・フランソワ奥田力
(C) 箱舟の聖母社

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「33年」(63-1)お礼の品……マリア観音

「33年」(63-1)お礼の品……マリア観音
 1614年の5月。寺沢金山にも院内銀山にも、まだ少し雪がとけのこっている。しかし、春は春。初めての北国の冬を、寒さに苦しみながらも、何とか越すことができたキリシタン家族たちのよろこびは大きい。

 新しい生活に自信と希望が持てるようになり、この生活を準備してくれ、迎えいれてくれ、今もキリシタンのために必死になって働いてくれているシストとカタリナに感謝をあらわしたいと、寺沢と院内に来たキリシタンたちは考えるようになった。

 シストとカタリナがよろこぶ何かを贈りたいと皆、思っている。ちょうどこのころ、近江の国からヨアキムとエリザベータという年配の夫婦が、寺沢に逃げてきた。二人は中国製の白磁の観音像をもっていて、カタリナにそれを見せた。

エリザベータ
「私たちは、これだけを大切にもって逃げてきました。」

カタリナ
「わー。これ、マリアさまとイエズスさまなの?」

エリザベータ
「そうです。そのつもりで祈っているんです。本当は、子安観音だから、ちがうんですけどね。」

カタリナ
「でも どうして 赤ちゃんをだいているの? かわいいわ。」

ヨアキム近江
「安産を守ってくれる観音だからですよ。」

カタリナ
「この赤ちゃんがかわいくってたまらないわ。ちょっとかして。みんなに見せてきていい?」

ヨアキム近江
「いいですとも。どうぞ、どうぞ。」

 カタリナは、ヨアキムとエリザベータ近江夫妻の子安観音を、「かわいいでしょう」「かわいいでしょう」と大はしゃぎで皆に見せてまわった。このはしゃぐカタリナの姿を見て、何人もの人が同じことを考えた。

 シスト一家が知らないところで話しは広がり、相談はまとまり、「おれ、そういうほりもの、石でつくれるぞ」と名のりをあげたキリシタンのほり子が、マリア観音をつくることになった。その完成にあわせて、キリシタンたちは感謝の手紙をそれぞれに書いて集めておいた。

 ヨアキムとエリザベータ近江夫妻は、30年以上前に信者になっており、キリシタンの教えを説明するのも上手で、子どもたちや、まだキリシタンになって間もない人々のために先生となって教えることができるということがシストやカタリナにわかった。

 院内銀山にも同様に、関西からキリシタンになって30年以上たっている人が逃げてきていて、やはりこの人たちも学があって、教えの説明が上手な人が多い。そこでシストがカタリナにこうきりだした。

シスト
「カタリナ、寺沢と院内のキリシタンの共同体に足りないものは何かわかるかい。」

カタリナ
「何かしら。」

シスト
「子どもたちや、キリシタンになりたい人や、なって間もない人に、キリシタンの教えをしっかりと教えたいと思わないかい。」

カタリナ
「うん。思うわ。」

シスト
「ヨアキム近江夫妻のような人、年配で、学があって、古くからのキリシタンで、教えるのが上手な人たちが院内にもやってきているんだ。彼らに学校を開いてもらったらとぼくは思っているんだ。答えは学校。」

カタリナ
「わー。学校……。私、学校のことはさっぱりわからない。」

シスト
「ぼくもだよ。ぼくたちがやるんじゃなくて、ヨアキム近江夫妻に中心になってもらってさ。」

カタリナ
「いい考えね。それ。」

シスト
「じゃ、今度、寺沢と院内の主な人たちを呼んで、話し合いをしようね。」

 ということで、シストは日時を決めて寺沢と院内のキリシタンの主だった人達とキリシタンの教えの先生になってくれそうな人達を家に呼んだ。

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2009年6月14日 UP
著者 ミッシェル・マリー・フランソワ奥田力
(C) 箱舟の聖母社

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「33年」(62)キリシタン追放令

「33年」(62)キリシタン追放令
 運命の日、1614年2月1日がきた。幕府は、全国的な禁教令であるキリシタン追放令を出した。この知らせが佐竹義宣に届いた時、義宣はペトロ人見の奉行職をはくだつし、出羽の国から追放した。これはちゅうちょなく行なわれた。

 佐竹義宣は、ペトロ梅津に対してはキリシタンの信仰を捨てるようにと説得にあたった。もし彼がキリシタンをやめるならば、他のキリシタンは迫害しないという条件を殿は出した。ペトロ梅津はこの取り引きに応じた。殿は約束を守った。

 出羽の国では、これら二人以外、誰もせめられなかったのだ。この時からペトロ梅津は出世の道をのぼりつめ、国家老にやがてなる。この時、この二人のキリシタン山奉行は、出羽の国のキリシタン全体の防波堤になったのだ。こうして地下教会の本拠地には何ら迫害の波はおしよせなかったのだ。

 江戸のキリシタンたちを鉱山に逃れさせる活動をやりおえた馬井六左衛門は、この時、イエズス会が長年伝道し、彼もまた、多くの信者の面倒を見ている京都、大阪、伏見、堺の地域にいた。

 キリシタン追放令に先だって、キリシタンの名簿づくりが去年の12月27日から、この年の1月27日まで行なわれた。名簿にのったキリシタンの隣り近所のものは、まきぞえになるのをおそれたので、特に貸家に住んでいるキリシタンたちのほとんどが皆から追い立てられ、家族をつれて家を出てさまよいはじめた。

 六左衛門は、自分の羊たちが家を追われて道や船や森や山にさまよっているので、彼らに鉱山に逃げこむように教えてまわっていたのだ。

 そして2月21日になると、神父、修道士、同宿、伝道師、柱になっているキリシタンたちが長崎に追放され、教会が皆、こわされ、キリシタンを追い出す暴力がましたので、どの道筋も、ものすごい数のキリシタン逃亡者であふれるありさまになった。

 全国的な追放令なので、彼らには行く場所がない。彼らにはシストたちが準備してきた地下教会しか逃げ場がないのだ。先にシストが全地下教会に出した指令のとおり、キリシタンのつち親や、ほり子たちが、彼らを迎えにやってきた。

 六左衛門の荷は軽くなった。石見からも来てくれた。やはり、多くのキリシタンは北の鉱山に向かった。六左衛門は、自分の羊、命をかけて世話をしてきたキリシタンたちを、北の鉱山に見送りながら、この活動を終えたら、自分も羊たちの多くが向かった北の鉱山で彼らの世話を続けたいと思いはじめた。

 仕えてきたパードレたちは、長崎から本国に帰される。所属していた有馬の駐在所は迫害によってもうなくなってしまった。寺沢藤兵衛のところに住もう。地下教会の中心、本拠地寺沢に住もう。六左衛門の心はこうかたまっていく。

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2009年6月14日 UP
著者 ミッシェル・マリー・フランソワ奥田力
(C) 箱舟の聖母社

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ニコニコ動画に

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「天城越えを歌ってみた♪ by クララ・ヨゼファ・メネンデス」をアップしますた!

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ナン おいしかったにゃあ♪

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小安峡の大噴湯で キャーキャー♪

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「33年」(61)ペトロ人見……院内銀山盛況になる

「33年」(61)ペトロ人見……院内銀山盛況になる
 シストが、地下教会をつくりはじめてすでに19年だ。日本の北の地の出羽の国にきて活動をつづけてからも5年になる。今や地下教会のネットワークは完成している。どの鉱山にもキリシタンのつち親がいる。今の北海道、エゾの地の鉱山にまでもだ。

 そして、迫害に追われたキリシタンが、日本の北へ向かうという大きな流れができ、九州地方からさえ、関東より北、特に東北地方に逃げていきだした。神がシストに地下教会の中心を寺沢金山、院内銀山にいちはやく移させ、特に東北地方の鉱山を受け皿として機能するようととのえさせたのだということがシストたちにわかってきた。

 カタリナには手のかかるこどもたちはもういない。10月にマリアが10才になる。鉱山では大人にまじって働く年だ。八重という地元出身のたのもしい嫁もいて、カタリナは、いっそうキリシタンたちへの慈善の活動に打ち込んでいく。

 その後も次々とキリシタンたちは逃げこんでくる。彼らは、家族連れでやってくる。冬の寒さ、雪の多さ。彼らを赤ちゃんから老人まで無事に冬ごえさせなければと、カタリナは寺沢金山全体のキリシタンのために身を粉にして働く。

 カタリナがきずきあげたコネクションが最大限に生かされる。ライ病人のお店から、あったかい毛皮をたくさん買う。マタギの村から獲物のレバー、ホルモン、肉をできるだけひんぱんに売りにきてもらう。できるだけ回数多くカタリナ鍋をつくるためだ。

 親分が独身のほり子たちの面倒を、彼らが死ぬまでみるという今までのかたちと違う、まったく新しい助け合いの理想的なかたちが、今、カタリナを中心に女たち、特に婦人たちの献身的な全共同体への奉仕によってできあがっていく。まず寺沢金山から院内銀山に模倣されていく。そして他の鉱山へと広まってゆく。

 二人のキリシタン山奉行も、キリシタンたちをおおよろこびでささえてくれた。特にペトロ人見はこの5年間、シストを精錬技術とキリシタンの教えをひろめ、地下教会を拡大するため、出羽の国の多くの鉱山に派遣してくれた。寺沢金山と院内銀山では、役人たち、つまり武士たちをキリシタンにしてくれた。また、多くのつち親や山師たちをキリシタンにし、シストたちがキリシタンつち親を養成し、他鉱山に送り出す活動をいっしょになってやってくれた。

 この二つの鉱山は、つち親、山師の多くがキリシタンで、ここからどんどん新しいキリシタンつち親が生まれ、他の鉱山へと送られていったのだ。また、この二人の山奉行が、伝道するので、近隣の農民たち、マタギの村の人たちにも家族でキリシタンになって洗礼をうけるものが出てきた。1603年から1604年にかけての冬は、寺沢金山と院内銀山が、上から下までキリストの光にみちた時だった。

 この輝きは、誰の目にも明らかになっていた。佐竹義宣、出羽の国の殿の目にもである。殿は地下教会のことについては知らない。しかし、たくさんいる鉱山役人のほとんど皆がペトロ人見から洗礼をうけたことは知っている。久保田城下の武士や町人の多くに洗礼をさずけた彼を、城下から殿が遠くはなれた山の中、出羽の国のはずれの院内に送った5年前とは院内の状況がもうちがうのだ。銀の産出量が連年、きわめて多く、院内銀山の名は日本中で有名になり、院内は久保田城下よりもにぎわっていて、久保田城下よりもめだつ場所になっている。

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2009年6月14日 UP
著者 ミッシェル・マリー・フランソワ奥田力
(C) 箱舟の聖母社

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今日の寺沢♪

今日の寺沢♪
マリアママにお祈りしてきたよ〜★

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「33年」(60)女たちの活躍……キリシタン共同体の誕生

「33年」(60)女たちの活躍……キリシタン共同体の誕生
 翌日からカタリナと林のおかみは、キリシタンたちを大きな一つの家族として具体的に助けあわせる活動にとりかかった。

 主力は、女たちだ。まず、これから慣れないきびしい労働にとりくまねばならない男たちをささえなければならない。また、食べ物、服をととのえること、けが人、病人の介護、幼児、老人の世話、全てを協力してやっていくようにした。

 10才以上の子どもたちは、鉱山の仕事を手伝うから、それ以下の子どもたちは、キリシタンの共同体の仕事を手伝う。年よりたちも専門技術をもっていたりするから、それを用いて働く。

 この時から1623年の終わりまで、寺沢金山のキリシタン共同体は、愛と一致と協力で、約10年も天国のようにすばらしい共同体として発展するのだ。これを模範として、院内銀山のキリシタン共同体も助けあう大きな一つの家族になる。

 マグダレナや八重のように地元の人が、この地の春夏秋冬を生きる知恵を教える。たとえば、山菜取り、熊除け、川魚とり、アブの対策、マムシの対策、畑づくり、衣・食・住の冬の準備、つけものづくり、etc.だ。

 最初のころ、そして、新入りのキリシタン家族が加わるたびに林のおかみのしったげきれいの声がとぶ。

林のおかみ
「みんなさー。自分とこのおいぼれもさ、よそんとこのおいぼれもさ、みんなみんな面倒みるんだよ。」

林のおかみ
「てめえのガキも、よそのがきも区別すんじゃないよ。」

林のおかみ
「あまったものは、全部だしなー。足らない人たちが持っていけるようにさー。」

 皆はキリシタンとして、愛徳の実践として、熱心に実行する。

 独身者主体の鉱山のふんいきが、この時から一変した。かわいい子どもたちがあちこちにいる。やさしい母親が赤ちゃんにお乳をやっている。若いキリシタンの娘も清らかな花のようにめだっている。独身のほり子たちは、キリシタンの娘と結婚したいと思いはじめる。こうしてキリシタンの家庭が増えていくのだった。

林の親分の言ったシストの「かけ」「大ばくち」は大当たりだったのだ。殉教をえらぶことができずに信仰を捨てると誓約してしまった人々、また、迫害前に逃げ出した人々とその家族は、心の中につぐないたい望みをだいて鉱山に逃げてくる。彼らは全てを捨ててやってきて、キリシタン同士、愛し合い、助けあわなければ、いきてゆけない。

 そのつぐないたいというのぞみを、仲間たちへつくすことに向ける彼らは、以前よりはるかに熱心に善徳を実践する。愛と一致と奉仕の共同体が形成された。

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2009年6月14日 UP
著者 ミッシェル・マリー・フランソワ奥田力
(C) 箱舟の聖母社

http://lphakobune.web.fc2.com/33nen_060.html

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「33年」(59)江戸からの帰還とヨアキムの決心

「33年」(59)江戸からの帰還とヨアキムの決心
 1613年9月、寺沢金山に、シストと林の親分が、江戸のキリシタンたちを連れて帰ってきた。林一家が世話を引き受ける半分と、三太夫一家が世話を引き受ける半分とにわかれたので、約50人ほどだ。シストがやせ細った女の子の手を引いている。クララだ。出迎えにきたカタリナとマリアと八重がそれをみつける。

カタリナ
「シスト。おかえりなさい。」

マリアと八重
「お父さん。おかえりなさい。」

 三人がかけよってもシストはクララの手をはなさない。カタリナは、注意をすぐにクララに向ける。あわれな姿だ。

カタリナ
「この子はどうしたの。シスト。」

 シストがクララの身の上を話してきかせる。カタリナは、クララのもう一方の手をにぎりながら聞いている。カタリナの目は涙の大洪水だ。

シスト
「カタリナ。いいだろう。」

カタリナ
「もちろん、いいにきまっているわ。クララ。新しいお母さんよ。」

 カタリナはクララを胸にギューギューだきしめる。八重がつぎにやさしくクララをだきしめる。

八重
「おめの、あだらしい、ねえさんだよ。ながよぐしようね。」
(新しいお姉さんよ。仲良くしようね。)

 お父さんの方へ先にだきついて甘えたマリアが、次にだきつく。

マリア
「私も9才なの。うれしいわ。」

 マリアは遊び相手ができておおよろこびだ。むこうでは、林のおかみの大活躍がはじまっている。これから林のおかみの持っていた真の才能が輝く時がはじまるのだ。

林のおかみ
「先生の奥さん。八重さん。手伝ってー。」

 林のおかみは、何十人であろうが百何十人であろうが、全員をひとつの家族、自分の家族としてとらえることができる女なのだ。しかも、全体に目がとどき、差別なく全員を扱える。そして天性の親分肌の強さで、てきぱきと仕切ることができる。

 子分たちの総動員で、林のおかみが夕方までに何とか皆に住み家を与えることができ、カタリナ、八重、マリアは、晩の食事づくりだ。ちょうど、「マタギ」の村人からレバーとホルモンを買ったばかりなので、あるもの全部ぶちこんだカタリナ鍋が大鍋に用意される。今でいうスープキッチン、つまり、たきだしの第一回目がはじまった。

 仕事場からルイスとヨアキムが帰り、クララをシストが紹介している。15才のヨアキム、カタリナゆずりの同情心にとむヨアキムは、クララの身の上を聞いて泣いている。やさしいおにいさんは使命感のようなものを感じている。

ヨアキム
「お父さん、ぼくがこの子を守ってあげる。クララ、どんな時でもぼくが守ってあげるからね。」

 ヨアキムは、この言葉を誠実に守る。実は、クララは将来、ヨアキムと結婚することになるのだ。

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2009年6月13日 UP
著者 ミッシェル・マリー・フランソワ奥田力
(C) 箱舟の聖母社

http://lphakobune.web.fc2.com/33nen_059.html

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「33年」(58)迫害の江戸、みなしごのクララ

「33年」(58)迫害の江戸、みなしごのクララ
 三太夫親分もいっしょに行くことになり一行は四人になった。かんぱつを入れず、シストたちが動きだしたのは大正解だった。シストたち四人が江戸につくと、おととい(8月16日)、きのう(8月17日)処刑場で計22名が首を切られて殉教したところだった。江戸中、その話でもちきりなので、情報は何でもすぐ耳にはいった。四人は、処刑場に直行した。

 ハチカン・ホアキンと主だったキリシタン八人の首がさらされていた。22人の体は、細かく切り刻まれ、山とつまれ、キリシタンたちがもちさることができないよう見張りの番人がついていた。

 処刑場に人々がやってきている。尊敬ぶかく祈るので、キリシタンの信仰をもっているのは一目りょうぜんだ。彼らの多くは、聖なる殉教者のゆかりの品を手にいれたくって、遠くからでもやってきているのだ。シストたちは、そういう人たちに片っぱしから声をかけて、鉱山のほり子になれば、自由に信仰できるから来ないかとさそい、泊めてくれないか聞いてみる。

 こうして殉教者の遺体が片付けられるまで、一週間シストたちは処刑場にかよいつづけた。シストたちの活動の結果、話はたちまち伝わり、なんと、ほとんどの江戸のキリシタン、もちろん、ころぶことを誓約した人々を含めて、鉱山に行くことに心を決めた。

 処刑場には、他の鉱山から指令を実行するために、つち親やほり子が次々と来はじめたので、六左衛門がコーディネート役としてずっと残ることになった。

 最後の日、処刑場でシストは10才くらいの女の子が一人で泣いているのを見かけ、声をかけた。

シスト
「どうしたの。」

女の子
「お父さんが殉教して、私、みなしごになったの。」

シスト
「名前は、何ていうの。」

女の子
「クララ。」

シスト
「クララ、みなしごって、お母さんは死んだの。」

クララ
「お母さんは、ライ病で死んだ。お母さんがライ病院に収容されて、家族三人で洗礼を受けたの。お父さんは、ライ病院で働かしてもらって、お母さんが死んだあとも、ずっとそれをつづけていたの。」

シスト
「今、どこに住んでいるの。」

クララ
「家がない。橋の下。こじきをして食べてる。」

 シストは、涙がでてきた。こんなかわいそうな子をほってはおけない。

シスト
「ぼくは、シストっていうんだよ。キリシタンだ。いっしょにおいで、お父さんになってあげよう。」

クララ
「うん、いく」

シスト
「クララ、年はいくつ。」

クララ
「9才。」

 クララは、マリアと同い年だった。クララはシストの手をにぎってついていく。

 翌日、泊めてくれた人の家族も出発だ。打ち合わせたまちあわせ場所にいっしょにいく。昨日からクララもいっしょだ。シストに手をひかれている。

 まちあわせ場所に来たのは老人、子ども、赤ちゃんをふくめ100人をこえる町人たち。皆、近所に黙って、家や家財を捨てて出てきている。

 さあ出発だ。林の親分と三太夫親分が先頭を行く。こうして、ついこのあいだ信仰をすてることを誓約させられたキリシタンたちが、家族をつれてどこかにいなくなってしまうという、幕府にとっては不思議なことがおこりはじめた。

 また、キリシタンたちには口コミで、鉱山に逃げこめば自由に信仰できるという情報が、江戸から全国へと伝わりはじめた。

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2009年6月13日 UP
著者 ミッシェル・マリー・フランソワ奥田力
(C) 箱舟の聖母社

http://lphakobune.web.fc2.com/33nen_058.html

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「33年」(57)江戸の迫害と、ころびキリシタン

「33年」(57)江戸の迫害と、ころびキリシタン
 1613年8月、六左衛門が、江戸の迫害がはじまったことを知らせに、寺沢まで大急ぎで、より道なしでやってきた。3700人の江戸キリシタン名簿をもとに、7月27日、キリシタン狩りがはじまったのだ。前回と同じメンバーが、藤兵衛の家に集まった。

六左衛門
「徳川秀忠(ひでただ)の命令で1500人が名簿をもとにして捕らえられたんだ。わずか数人をのぞいてみなキリシタンの信仰を捨てる、つまり、ころぶことを誓約して家に帰された。」

 実はこの半月後の8月12日に、今度は浅草のライ病院がふみこまれ、ルイス・ソテロ神父と、そこで働いていたキリシタンが全員つかまって牢に入れられる。その時、六左衛門たちは、江戸に向かっているのだ。

 ふいにカタリナが言い出す。不思議そうに。

カタリナ
「もし、純粋にイエズスが大好きだったとして、その人がキリシタンの信仰を捨てますと役人に誓約した瞬間から、イエズスが大嫌いになれるのかしら。」

 男性たちは、この質問に内心おどろく。女性たちは、瞳を輝かせて発言したそうにする。

カタリナ
「私、イエズスが大好き、それだけしかないの。他に何も考えていないの。私、弱いから脅迫とか、ごうもんに負けて、ころびます、って誓約するかもしれない。でも、一生それを後悔すると思う。そして、イエズスが大好きなのは、変わらないと思うの。」

 林のおかみが、林の親分を見ながらきりだす。

林のおかみ
「神様なのに、こんな私を愛してくれる。だから、私もイエズスを愛したいんだ。私もただそれだけ、他に何も考えてない。私がころぶって誓約して、今の私よりもっとなおさら悪くなったら、こんな、こんな、こんな、私を愛してくれる神様、イエズスにもっと愛が燃えあがっちまうかも。」

 林の親分は、いつも見せない林のおかみの一面を見せられ、びっくりしている。

八重
「おら、だいすぎでたまらねひとさだば、なんでも、わのものあげでっておもうんし、んだのに、その人どごきずつけでしまったどぎ、その人、かわらねで、おらどごすぎだっておもってくれでいるなだば、もっとけでぐなるをん。」

(大好きでたまらない人には、何でもあげたいと思うわ。それなのに、その人を傷つけることをした時、その人が、変わらずに私を好いていてくれるなら、もっとあげたくなる。)

 まだ新婚の八重は、ほおを赤く染める。

八重
「おら、なんもかんがえでねっし、なんもしらねっし、たんだ、おら、あーイエズスって、こごろさえがいで話っこせばよ、だいすぎでたまらねぐなってくるのよ。すてきなイエズスのごど、やだぐなんかなれねべった。」

(私、何も考えない、何もしらない、ただすてきなイエズスを心に描いてお話しすると、大好きでたまらなくなってくる。すてきなイエズスを大きらいになんかなれない。)

 マグダレナは、いつものように六左衛門のとなりにすわっているが、燃えるような顔をしている。

マグダレナ
「ほんとにだいすぎなひとどご、急によ、でっきれいになれねもん。おら、イエズスにひきづけられてすぎになったわ。おらも、なぁんもかんがえねな。いったんすぎになったがら、はなれられねな。」

(本当に大好きな人を急に大嫌いになんてなれない。私、イエズスにひきつけられて好きになったわ。私も何も考えてない。いったん好きになったから、はなれられない。)

 ここまでは、いちずな女性としてのマグダレナだ。

マグダレナ
「おらがいろいろかんがえで、なんかの理由どが目的どがあってイエズスがすぎになったんだら、もういっけいろいろかんがえで、その理由どが目的どが打ち消せば、だいっきれいになれるのがも知れねけど、自然とひきつけられですぎになったのだがら、もっとひきつけるものがあらわれないかぎり、はなれられね。んだども、その場合でもきれいになってはなれるわげでねくて、すぎでありつづげるはずだ。」

(私が、いろいろ考えて何かの理由や目的があってイエズスが好きになったのなら、もう一度いろいろ考えて、その理由や目的を打ち消せば大嫌いになれるかも知れないけど、自然にひきつけられて好きになったのだから、もっとひきつけるものがあらわれないかぎりはなれられない。でもその場合もきらいになってはなれるんじゃない。好きでありつづけるはすだわ。)

 14才の女の子のマグダレナが、男のように論をすすめるので、皆が感心している。頭のつかい方まで男まさりのところがあるのに、藤兵衛や太郎右衛門、六左衛門といった、彼女を子どもの時からみている男たちが注目する。

マグダレナ
「おらが、ころぶって誓約してしまったどしたら、つぐなうために、きっとひっしになって今よりもこごろのながで熱心になるっし、かなしませだイエズスをよろごばせるためによ、なにせばいいが必死にさがしてみつけだら、それに、一生うちこむど思うよ。」

(私がころぶって誓約してしまったとしたら、つぐなうためにきっと必死になって、今よりも心の中で熱心になるわ。悲しませたイエズスをよろこばせるために何をすればいいか必死にさがしてみつけたら、それに一生うちこむと思う。)

 マグダレナが話している間中、他の女性たちは大きくうなずいていた。同感、賛成というわけだ。9才のマリアが話しだす。

マリア
「私、遠い国にすてきな王子さまがいて、いつか私に会いに来て、結婚してくれるってきいたら、今からその王子さまを大好きになれるわ。心の中で、その王子さまといっぱいお話しもできる。でも他の人が私のことを笑わないよう、誰にも教えないで心の中でずっと続ける。」

 おとぎ話の世界にまだ住んでいるマリアの発言に皆ニコニコし、その場の雰囲気がやわらいだ。マリアは、まだ初恋を経験していない。

シスト
「女の人たちが発言してくれて、ぼくはとても助かったよ。ありがとう。神が地下教会に何をさせたいのか見えてきた。きっと今までにないことだと思うけど、神はこのマリアママ的な地下教会には、迫害されて信仰を捨てる誓約した人を迎えに行ってほしいんだ。」

林の親分
「迎えにゆくのかい。」

シスト
「うん。迎えにゆけば、彼らが本当に、純粋にイエズスが大好きなら、きっと鉱山に来る。女の人たちはそう思うだろう。」

女性たち
「うん」

シスト
「鉱山は治外法権だから、自由に信仰できることを彼らに教えるんだ。家康が、鉱山労働者は鉱石を手形がわりにもっていれば関所を通れると決めてくれたから、手形がわりの鉱石を用意して迎えに行かせるんだ。
 ぼくは、地下教会の全てのつち親に指令をだす。彼らが迫害がおこったところの、キリシタンを迎えに行くようにとね。彼ら自身行くか、ほり子をつかわすようにとね。寺沢金山と院内銀山からは明日にでもほり子たちを江戸へ送ろう。大急ぎでいった方がいい。たくさんのほり子たちに、この指令をもって日本中の地下教会をまわってもらわないとね。」

林の親分
「江戸にはおれが自ら迎えに行くぜ。これは地下教会にとって『かけ』だ。『大ばくち』だ。こんな大事なことを、ほり子にまかせてられるかい。」

六左衛門
「ぼくが道案内するよ。」

シスト
「ぼくも江戸に迎えにいこう。じゃあ明日は地下教会にほり子たちを手分けしてつかわそう。ぼくたち三人は、その仕事をやりおえて、あさって江戸にすっとんでいこう。」

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2009年6月13日 UP
著者 ミッシェル・マリー・フランソワ奥田力
(C) 箱舟の聖母社

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「33年」(56)二人の同胞……大田ジュリアとハチカン・ホアキン

「33年」(56)二人の同胞……大田ジュリアとハチカン・ホアキン
 1612年11月、六左衛門が寺沢にやってきた。シスト家族全員と林の親分とおかみは、藤兵衛の屋敷にマグダレナに呼ばれて集まっている。太郎右衛門も来ている。

マグダレナは、13才。できるだけ六左衛門のそばにいて、できるだけ六左衛門をみつめていたいという気持ちをかくさない。

素直にそのとおり行動しているので、皆にも彼女のよろこびが伝わる。マグダレナがいちずに思いつづけている人は年に数回しか会えない人なのだ。

マグダレナが穴のあくほど見つめている六左衛門の顔は、今回は何か悲しげで、今までとは違う。

六左衛門
「徳川家康が、迫害をはじめたんだ。住んでいる駿府(すんぷ)でキリシタンの家臣14人の財産を没収し追放した。4月17日のことだった。御殿女中(ごてんじょちゅう)の中では、最も熱心で身分の高い高麗人が、その13日後に島流しの宣告を受けて、伊豆の大島に流された。」

カタリナ
「え。もしかして、その人、大田ジュリアっていわない。」

六左衛門
「そうだよ。よく知っているね。その翌日、城下の全ての教会を打ち壊させた。それから6月に有馬で家康の命令を受けて、新しい領主が家臣たちと宣教師たちに迫害をはじめたんだ。
 セミナリヨとコレジオは、長崎に避難し、神父や修道士たちもほとんどが長崎に移動したよ。」

 家康の迫害と聞いてシストの顔はくもる。

シスト
「領民たちに対しても迫害がはじまるんだろうね。」

六左衛門
「領民たちは皆そう考えているよ。」

カタリナ
「なつかしい有馬。代父、代母の家族。そう、六左衛門にとってはふるさとよね。」

 カタリナは、心配で青ざめる。

六左衛門
「それから、江戸で迫害がおこりそうだ。今のところ4月末にフランシスコ会の修道院や日本語学校、教会、同宿養成所、病院が打ちこわされ、追放され、住み家を失ったパードレや修道士たちに、たった一人勇敢に宿を提供した高らい人がいてね、彼だけが自宅監禁されている。」

カタリナ
「え。その人、ハチカン・ホアキンっていう人でしょう。」

六左衛門
「うん。そうだよ、良く知ってるね。そのあと、江戸中の町人が調べられ、3700人のキリシタン名簿が作られたんだ。」

 シストとカタリナは、春に聞き知ったばかりの二人の同胞が、一人は島流しにあい、一人は自宅監禁となっているのを思うと胸が苦しくなった。

林の親分
「3700人の江戸のキリシタンの中で、たった一人しか宣教師の宿主にならなかったなんてなー。殉教できる人間は少ねーだろうなー。」

 翌日、六左衛門は、ペトロ人見、ペトロ梅津、三太夫親分たちに会うため出発した。シストは六左衛門に、もし江戸で迫害がはじまったら、絶対にいそいで知らせてくれと、くれぐれもたのんでおいた。

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2009年6月13日 UP
著者 ミッシェル・マリー・フランソワ奥田力
(C) 箱舟の聖母社

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今日の「あかね」と「やよい」♪

今日の「あかね」と「やよい」♪
まだ着陸していないよ♪ 予定の7ヶ月はとっくに過ぎたけど、あかねとやよいは、まだちゃんとクララのおなかの中にいるよ♪

 マリアママ、ガブリエルちゃん、アンナリアちゃん、アレンドゥスちゃん、よろぴくね♪

着陸したら、みんなに知らせるよ〜♪

【 取材etcの連絡先 】
  〒012‐0106
  秋田県湯沢市三梨町字清水小屋14
  リトル・ペブルの「清水小屋」共同体
  ジャン・マリー杉浦洋 神父
  Father Jean-Marie of the Risen Son of God
  TEL/FAX: 0183−42−2762
  Eメール:charbeljapan@nifty.ne.jp
  URL : http://homepage1.nifty.com/charbeljapan/

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また、夏の青春18切符の旅のシーズンがめぐってきますた♪

また、夏の青春18切符の旅のシーズンがめぐってきますた♪
 2009年1月と2009年4月に、実験的に、青春18切符をつかって、秋田から横浜・名古屋を旅してみたんだ。全国の同宿仲間とひさしぶりに会えて、とても楽しかったよ。

 そこで、今回は、ちょっと一歩すすんで、半分オープンで、みんなに会える機会をつくってみようと思ってるんだ。

 で、以前、月に一回、会場をかりて、東京・名古屋・大阪で集会をしていたけど、そんなおおげさなものではなくて、駅の改札口・ファミレス・公園などで、私たちに会いたい人々に会うって、気軽な感じで考えているよ。別に悪いことをしているわけじゃないから、オープンで堂々とやるというのが基本的な方針だね。

 秋田からの参加者は、ぼくコルベ・マリーとクララ・ヨゼファ・メネンデスの二人、ほかに横浜のメンバーと名古屋のメンバーが協力してくれると思うよ。

 う〜ん、時間の関係で、密なコミニュケーションはできないと思うけど、名刺交換なんかで、お友達にはなれるんじゃないかと期待しているよ。

 リトル・ペブル同宿会は、どうしてもおきてが守れない現役の罪人のためにあるんだからね。どんな人でも歓迎するよ! 

 いま考えている予定では、7月25日(土)前後に横浜、あるいは皇居を含む首都圏、7月30日(火)前後に、初のこころみ、神戸あたりに足をのばす。そしてその週の前半に名古屋近辺でぶらぶらしようかな、って考えているんだ。

 みんなの申し出で、予定は変更できるよ。単なる興味だけの人もふくめて、大勢の人に会いたいな。

 みんなの、突拍子もない申し出をまっているよ! へばね!

 Let's help the Little Pebble ! He is innocent !

 まあ、あんまりかたくるしく考えないで。前回はカラオケボッスクで盛り上がって、むずかしい話はいっさい出なかったから。

 貧乏旅行だから、本とか、乳糖とか買ってくれるとありがたいな。でも、これも、みんなの自由だよ。
http://hakobune.cart.fc2.com/

では、みんなに会える日を楽しみにしているよ!

マリア様のやさしい愛が、みなさんをつつみますように!

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識別について(7) マリー・マドレーヌの自叙伝からの抜粋

識別について(7) マリー・マドレーヌの自叙伝からの抜粋
マリー・マドレーヌ:

 こんかいのローキューションから、問題点が出てきました。長から指摘を受けたのですが、言葉が口に置かれ、しゃべらされる感じになったことです。

 ふつう、天からのローキューションは、耳にきこえてきた言葉を、おうむがえしに言うのが正しいです。

 けれど、わたしの、こんかいから受けたマリア様、ヨゼフ様、イエズス様のローキューションですが、観察の必要がでてきました。

 ところどころ文法の混乱が見られるようになったこと。「だから」が必要以上におおい。「すべて」も必要以上に使っている。文がだらだらになって切れない。そのため意味がわからない。きれいな日本語の文法でない。こんな状態です。

 それから、言葉につまることがおおくなり、心の不安が増してきたことです。

 そして、耳にきこえるのではなくて、口に言葉が置かれてしゃべらされるという状態になっていたことです。

 きょうは2005年12月1日になります。きょう、長とおはなししていたときに、わたしの心に引っかかっていたことを、やっとおはなししました。こんかいも、長に言われて、やっとわたしは話をしました。

 じつはわたし自身、プロテスタントの教会にいて、聖霊派とよばれる教会で、予言の賜物を受けたことがあって、そのときに受けていた感じに、いま、にてるようです。

 きょう、わたしは長とはなしをして、ここ何回かローキューションで起きた現象に対処することを、長から言われました。

 次回に同じようなことが起きたら、一度そこで止める。

 口に言葉が置かれたような感じになって、しゃべる状態がとまらないことに気づいたら、すぐ止める。

「長の命令なので」と言って打ち切り、「しるしはありますか?」と聞く。最後にしるしをもとめる。ちょっと観察することになりました。

 口に言葉が置かれるような状態でしゃべらされるのは、巫女さんににてしまうから、警戒するようにと、長からの指示です。

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