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「33年」(56)二人の同胞……大田ジュリアとハチカン・ホアキン

「33年」(56)二人の同胞……大田ジュリアとハチカン・ホアキン
 1612年11月、六左衛門が寺沢にやってきた。シスト家族全員と林の親分とおかみは、藤兵衛の屋敷にマグダレナに呼ばれて集まっている。太郎右衛門も来ている。

マグダレナは、13才。できるだけ六左衛門のそばにいて、できるだけ六左衛門をみつめていたいという気持ちをかくさない。

素直にそのとおり行動しているので、皆にも彼女のよろこびが伝わる。マグダレナがいちずに思いつづけている人は年に数回しか会えない人なのだ。

マグダレナが穴のあくほど見つめている六左衛門の顔は、今回は何か悲しげで、今までとは違う。

六左衛門
「徳川家康が、迫害をはじめたんだ。住んでいる駿府(すんぷ)でキリシタンの家臣14人の財産を没収し追放した。4月17日のことだった。御殿女中(ごてんじょちゅう)の中では、最も熱心で身分の高い高麗人が、その13日後に島流しの宣告を受けて、伊豆の大島に流された。」

カタリナ
「え。もしかして、その人、大田ジュリアっていわない。」

六左衛門
「そうだよ。よく知っているね。その翌日、城下の全ての教会を打ち壊させた。それから6月に有馬で家康の命令を受けて、新しい領主が家臣たちと宣教師たちに迫害をはじめたんだ。
 セミナリヨとコレジオは、長崎に避難し、神父や修道士たちもほとんどが長崎に移動したよ。」

 家康の迫害と聞いてシストの顔はくもる。

シスト
「領民たちに対しても迫害がはじまるんだろうね。」

六左衛門
「領民たちは皆そう考えているよ。」

カタリナ
「なつかしい有馬。代父、代母の家族。そう、六左衛門にとってはふるさとよね。」

 カタリナは、心配で青ざめる。

六左衛門
「それから、江戸で迫害がおこりそうだ。今のところ4月末にフランシスコ会の修道院や日本語学校、教会、同宿養成所、病院が打ちこわされ、追放され、住み家を失ったパードレや修道士たちに、たった一人勇敢に宿を提供した高らい人がいてね、彼だけが自宅監禁されている。」

カタリナ
「え。その人、ハチカン・ホアキンっていう人でしょう。」

六左衛門
「うん。そうだよ、良く知ってるね。そのあと、江戸中の町人が調べられ、3700人のキリシタン名簿が作られたんだ。」

 シストとカタリナは、春に聞き知ったばかりの二人の同胞が、一人は島流しにあい、一人は自宅監禁となっているのを思うと胸が苦しくなった。

林の親分
「3700人の江戸のキリシタンの中で、たった一人しか宣教師の宿主にならなかったなんてなー。殉教できる人間は少ねーだろうなー。」

 翌日、六左衛門は、ペトロ人見、ペトロ梅津、三太夫親分たちに会うため出発した。シストは六左衛門に、もし江戸で迫害がはじまったら、絶対にいそいで知らせてくれと、くれぐれもたのんでおいた。

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2009年6月13日 UP
著者 ミッシェル・マリー・フランソワ奥田力
(C) 箱舟の聖母社

http://lphakobune.web.fc2.com/33nen_056.html


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