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マリアママは「すべての恵みの仲介者」−ジャン・マリー神父の説教

マリアママは「すべての恵みの仲介者」−ジャン・マリー神父の説教
2006年9月4日 寺沢の殉教者をたたえるミサにて

ジャン・マリー神父:(ミサ中の説教)

 みなさん、傲慢にものを頼んで聞いてくれる人はいないでしょう? 神様に頼むこと、謙遜に頼むんですよ。ですから、一番いいのは「おかあさん、一緒に頼んでね」って言うことです。

「ぼくこれがほしい!」って言うんじゃなくて、「お母さん、ぼくこれがほしいんだけど、お母さんいっしょに頼んでね」って言うんですよ。

今日の今の時点で、みんなそうなんです。

 いつもマリア様といっしょに、マリア様によって、マリア様の中で。これは本当に神様の御旨なんです。

神様はね、それを決めたんです。神様が決めたんです。人間が発明したんじゃなくて。それほど人間って、絶対的に完全で清らかな存在の神様とは遠い存在です。

 それで、「すべての恵みの仲介者」っていうことはね、どんな恵みもマリア様がいなければ私たちに届かないんです。あんまりにも私たちは悪い人間だから。私たちは恵みを受け付けないんです。

 ちょうど、衰弱した病人が滋養のある食べ物ものどを通らないように。

 マリア様は「お母さん」「看護婦さん」、そいうものをはるかに超える方です。神様の恵みを、衰弱しきって昏睡状態にあるのに近いような、罪で、罪深くて、恵みにたいして何も受け付けられないような私たちの喉を通すことができる唯一のお方なんです。

 全ての恵みは、そうやってマリア様の手を経て、私たちの霊魂に入ることができるんです。

 これは実は聖霊の働きで、聖霊とマリア様はいつもこうやって完璧に共同作業をしているんです。どんな恵みも聖霊とマリア様、例外なしに、私たちの最低最悪の霊魂に、やっとこさ入ることができるんです。

 では、マリア様がいなかったらどうなるでしょうか? マリア様がいなかったら?

 そこで、贖(あがな)いすら、マリア様がいなかったら私たちにはもう無益になるんです。イエズス様が亡くなってくださったその贖いの恵みですら、マリア様がいなかったら私たちには届かないんです。無益になるんです。

 それでマリア様はイエズス様とともに、完全に一致して、むしろイエズス様よりも多く苦しんで、特に女性のエバの罪のために、男のイエズス様よりも女のマリア様が払うべきものは、はるかに大きかったんです。

 マリア様は払って下さいました。イエズス様とマリア様は一緒に、永遠の御父から私たちに天国へ行くにための「養子としての権利」を勝ち取ってくださいました。

 そして、その恵みはマリア様と聖霊によって、私たちの霊魂に生かされて、そして私たちにとってマリア様が梯子のように、架け橋のようにね、荒れ狂う大海を、こうグーッと水に濡れずにこえる、高くかけられた長い安全な橋のようにわたっていくんですよ。

 では、もう一度言いますね。「へりくだって」ください!

 マリア様がいなければどうなりましたか?

 考えただけで、「へりくだる」必要がわかるでしょう。人間は神様の前に堂々と立っていられる存在じゃないんです。

 それでは、ミサを続けましょう……。

(ミサが続けられる……)

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ジュリアーノ司教様について

ジュリアーノ司教様について
ども! 「リトル・ペブル同宿会」のコルベ・マリーっす!

 私たち、ジュリアーノ司教様(Juliano Verbard reunion)について、情報つんぼさじきに長年おかれていて、何もわからないんだけど、興味があったら、たずねてきてくださいね。

いつでも歓迎します。

マリア様のやさしい愛が、みなさんをつつみますように!


http://www.youtube.com/user/littlepebble2
http://charbeljapan.cocolog-nifty.com/charbeljapan/cat20899643

■服役中のカルト教祖、手下の信者がヘリで奪還…仏領離島
(読売新聞 - 04月29日 01:14)
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20090429-OYT1T00117.htm

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127-5聖ヨゼフのユリ

 ずいぶん以前からこのミッションに参加している日本人は、過去の日本に与えられたメッセージを知っており、大警告の間にほとんどの国土が海中に没する日本に、大警告の時点の前に共同体が設立されているかどうかで、沈まずに残る部分の場所と広さが違うことを知っているはずです。日本にとっても、日本人の救霊にとっても、これほど重要な共同体の設立なのですよ。そのためにすべきことの中で最も重要なことが会則会憲をできるだけ多くの人に読ませることです。どうか皆さん、会則会憲を読み、読ませてください。

 多くの人にとって内容を理解するのに経験が足りないことはわかっています。それだからこそ、こうして解説書であり、共同体生活の教科書である「153本の聖ヨゼフの百合」という本を書いて助けを与えているのです。そして皆さんは、日本と日本人の救いでもある共同体の設立を妨げた、会則会憲をかこう行為の根底にあった派閥心のこの恐ろしい害悪を悟ってください。派閥心を捨ててください!

 そして新しくこのミッションに参加する人たちに言います。皆さんはまだ洗礼を受けていませんね。外面的には聖書的な言葉で表現すると、「異教徒、罪人」です。しかしイエズスは聖福音の中で、恵みを拒んだ「選ばれた人」の分の恵みが「異教徒、罪人」に与えられ、「異教徒、罪人」の方が神の国に入るとおっしゃってくださいました。そして今、そのことがまさに起こったのです。御父は皆さん全員に共同体に入る召命を与えてくださっています。この呼びかけに応える人には、召命に応え続け、最後まで堅忍するための恵みを与えてくださいます。あなたたち皆が呼ばれているのですから、どうか皆が聖シャーベル修道会の会則会憲を読んでください。そして特に共同体の設立のメンバーに召されていると神から感じさせられた人は、名乗りをあげてください。神に信頼してください。あなたが完全な「ハイ」を神に向かって言うなら、すべてが恵みによってうまくいくのですから。

http://charbeljapan.cocolog-nifty.com/charbeljapan/

追伸:
 ジャン・マリー神父は、文章はきついことを書いているけど、すごくやさしい神父だよ。とくに、間違っている人、罪人にたいして、信じられないくらいあわれみぶかい神父ですよ。こわがらないで、心をひらいて、悪さをもろだしにしてね。みんな受け入れてくれますよ。

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29日の日記

29日の日記
今日のお昼ごはん♪

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127-4聖ヨゼフのユリ

127-4聖ヨゼフのユリ
 日本に共同体を設立するために、まず最初にやるべきことは会則会憲の翻訳であったのです。グループのリーダーやプロモーターたちは翻訳担当者からできた翻訳を受け取り、印刷し、リトル・ペブルさんを支持する人の出来れば全員の手元に届けるべきだったのです。これを読んで、よく理解したうえで、召命を感じ、共同体設立のメンバーになる資格があると自覚した人が、自発的に名乗りをあげなければならないからです。この内的呼びかけは神がご自身で自由にお選びになるもので、人が介入することは許されません。内的に召命を神から感じさせられた人が自発的に志願する。これが修道会です。「共同体は修道会」なのですから絶対にこうでなければなりません。

 共同体の設立のメンバーに神から召される人は多くの人の中に、わずかしかいません。そういう人があらわれるために日本語の会則会憲をできるだけ多くの人、できれば全員に読ませるべきなのです。それには翻訳担当者が全てのグループのリーダーとすべてのプロモーターに訳を渡し、自由に使わせなければなりません。これを妨げたのが派閥心なのです。

 翻訳は私が肩代わりし、今は誰でもが自由に日本語で読めます。すべてのグループのリーダーとすべてのプロモーターに、自由に使ってくださいと言って、会則会憲の本を送りました。

 そしてそこには今の日本のミッションの人々が夢想だにしないことが書いてあります。共同体は話し合いで、そして全員一致の決定を導き出せるまで話し合うことによって万事を決定すること。話し合いにおいては、いただいている賜物や、知識、才能、貢献度、年齢等に関係なく、皆が平等な発言権を持つこと。どの部門で、どの部所においてもこれを行い、上意下達(トップダウン)のやり方をしないことが規定されているのです。

 そして日本人たちが、内容として含まれていると思い込んでいることが、書いてありません。幻視者が共同体をつくる。幻視者が組織のトップにつく。幻視者が皆に命令する。幻視者があらゆることを決定すべきだ。などです。今、幻視者をトップにしたトップダウン、上意下達のシステムを聖シャーベル修道会の共同体だと考えている人々は、この聖シャーベル修道会の会則会憲を受け入れることができるのでしょうか? 自分たちの間違った考えを改めない限り、アシジの聖フランシスコの後継者たちが、天から与えられて書きとらされた第二会則を捨ててしまったのと同じことを彼らもするはずです。

 すでにグループのリーダーたち、プロモーターたちが今自分が世話している人々に聖シャーベル修道会の会則会憲を読むように熱心に促さないのは、実質的に会則会憲を捨てていることになりませんか? 日本語の会則会憲の存在を知りながら、読もうとしないこのミッションの人たちも皆、会則会憲を実質的に捨てていることになりませんか?

 聖シャーベル修道会の会則会憲を受け入れず、自分たち独自の会則会憲を作って、独自の共同体を設立しようとするかもしれませんが、「共同体は修道会」です。その独自の会則会憲は認可を受けるために聖座に提出されなければならないし、教会に受け入れられる方法で、三つの誓願を会員が皆、たてることができなければならないことを忘れないでください。しかし、もし幻視者をトップにすえたトップダウン(上意下達)のシステムなどという、修道会では採用不可能な会則会憲を作るなら、教会は決してそれを受け入れはしませんよ。幻視者を導くのは司祭なのです。幻視者がどれほど落ちてしまいやすいか教会は知っています。

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追伸:
 ジャン・マリー神父は、文章はきついことを書いているけど、すごくやさしい神父だよ。とくに、間違っている人、罪人にたいして、信じられないくらいあわれみぶかい神父ですよ。こわがらないで、心をひらいて、悪さをもろだしにしてね。みんな受け入れてくれますよ。

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127-3聖ヨゼフのユリ

127-3聖ヨゼフのユリ
 次に修道者とはどういうものなのかを説明する必要があります。修道者とは修道会の敷地の中に住んでいるから修道者なのではありません。修道院に寝泊まりしているから、修道服を着ているから修道者なのでもありません。修道者とは従順・清貧・貞潔の三つの誓願を、教会を通して神に立てることによって、完全に神に奉献されたものになっているから修道者なのです。

 修道者自身、いけにえとして完全に、残りなく御父へのかぐわしいささげものとなるための焼きつくす炎であるこれらの3つの誓願、イエズスである十字架に永久に自分を打ち付けてくれる3本の釘であるこれらの3つの誓願、多くの霊的な子を産ませるためにご自分の花嫁としようとする聖霊への「なれかし」(フィアット=マリア様がお告げを受けたときの承諾のハイ)であるこれら3つの誓願について繰り返し、繰り返し黙想するのです。

 そして修道会とは、これらの3つの誓願を立てた人の集団です。この3つの誓願を立てる前提は、会則会憲を熟知していること、3つの誓願について完全に理解していることです。もちろんこの3つの誓願について教えているのは会則会憲です。ですから会則会憲を読まないなら、3つの誓願はたてることができません。すなわち会員には絶対になれないのです。

 これで「共同体は修道会」だという言葉を皆さんは理解できるようになったと思います。

 では、日本人独特の思いこみの間違いについての説明に入ります。日本のミッションにおいては今、共同体とは単なる共住である、つまり村のように単に寄り集まって協力して暮らすだけであるとか、ただ財産を共有にした祈りのグループであるとか信じ込まれています。共同体の設立に関しては、幻視者が中心になり、ワーカーとともに設立するとか、幻視者の指示通りに設立するとか、幻視者に頼まれて設立するとか皆が考えています。

 しかしこれは全くありえません。なぜなら「共同体は修道会」だからです。つまり共同体のメンバーとは従順・清貧・貞潔の3つの誓願をたてる人だからです。そして誓願とは、指示されてとか、頼まれてとか、強いられてたてることは許されないのです。誓願は、まったく本人の望みと意志だけで、完全な自由のもとに、だれからも影響されずにたてなければいけないものなのです。

 あなたがたとえ神ご自身から指示されたから、または願われたからと言っても、指示された、願われたというのでは、どんな修道会も誓願を立てさせません。まず会則会憲を熟知しており、三つの誓願と、誓願をたてるという行為について正しい理解を持っており、だれからも強制されず、影響されず、完全に自由な状態で、本人自身が自由意志で強く望むことが、誓願をたてるための絶対条件なのです。ですから祈りのグループに幻視者が指示して、それをそっくりそのまま共同体にするなどありえないことなのです。

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追伸:
 ジャン・マリー神父は、文章はきついことを書いているけど、すごくやさしい神父だよ。とくに、間違っている人、罪人にたいして、信じられないくらいあわれみぶかい神父ですよ。こわがらないで、心をひらいて、悪さをもろだしにしてね。みんな受け入れてくれますよ。

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127-2聖ヨゼフのユリ

127-2聖ヨゼフのユリ
 今言っていることを皆さんに理解してもらうには、まず会則会憲とはどういうものかということを皆さんに説明する必要があります。2000年3月に、日本の聖シャーベル修道会は日本語の会則会憲の全文をホームページに公開し、読みたい人は誰でも自由に、ただで読めるようにしました。翌4月にはインターネットをしない人のために会則会憲を本にし、郵送する体制を作りました。この時点で会則会憲は、誰でもが例外なく日本語で読めるようになったのです。

 しかし、このミッションの日本人は、この時点においてもう全く会則会憲を自分たちには不必要なものだと考えるようになっており、読ませようとも、読もうともしなくなっていました。特定の幻視者の指導のもとに入り、幻視者の指示にその時々に従えば、共同体は設立できる。共同体に入った後も、それを続ければ問題は何も起こらないと信じきってしまったのです。特定の幻視者に従えばいいのだから、法律の条文など知らなくたっていいと考えています。日本人は会則会憲が修道会の会員にとってどういうものかすら分かっていないのです。読みもしないのに会則会憲を法律の条文だと決めつけています。

 いいえ、それらの考えは間違っています。「共同体は修道会」です。修道会の会員になるためには、会則会憲を熟知しなければなれないのです。ましてや共同体の設立のメンバーになるためには、日本の国や自治体のさまざまな法律や規定に適応させるために自由に応用できるほどに会則会憲を熟知していなければならないのです。設立初期の大変な時期、会則会憲の文面だけでなく、精神とカリスマをもそこから汲みとるほどそれを熟知していないと、状況に即した適用ができず、生活のバランスをとることができません。そして実際に修道会では、早朝の聖務日課の際や、沈黙で食事をする際に会則会憲が読み上げられ、会員が皆、完全な理解を会則会憲に対して持てるようにしていますし、志願期、修練期の間は特に会則会憲について深く学ぶのは言うまでもありません。

 会則会憲は会員にとって、いわば花婿です。花婿であるイエズスと一体となるために、会則会憲と一体になるのですから。会則会憲は、愛し、一体化する対象なのです。つまり花婿イエズスの精神が会則会憲で、花嫁である会員は、花婿イエズスの精神にひたされ、同じ精神になるよう会則会憲を知り、愛し、生きるのです。だから修道会においては、もちろん会則会憲の上に位置する会員など誰もいません。

 聖シャーベル修道会においても、創立者で将来の教皇のリトル・ペブルさんでさえ、この花婿である会則会憲に服従する立場にあるのです。だから会則会憲など知らなくても、目上に従っていればいいんだとか、天から直接に指示を受ける幻視者に従えばいいんだなどという考えはとんでもない間違いです。修道会とは会全体としてだけではなく、会員が一人一人例外なく花婿イエズスの精神である会則会憲によって統治されるところなのですから。

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追伸:
 ジャン・マリー神父は、文章はきついことを書いているけど、すごくやさしい神父だよ。とくに、間違っている人、罪人にたいして、信じられないくらいあわれみぶかい神父ですよ。こわがらないで、心をひらいて、悪さをもろだしにしてね。みんな受け入れてくれますよ。

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にこにこにこ!− 天使ケルビムからのメッセージ

にこにこにこ!− 天使ケルビムからのメッセージ
2007年5月17日 PM10:20 (抜粋)

マリー・マドレーヌ:
 今さっき、ちょっと何かビジョンみたいなのが、聞きながら見えたんだけど、ケルビムちゃんが、じっとしてんじゃなくて、飛び回って、飛び回って、すっごい何かしゃべりまくってるって感じだったの。うれしくってしょうがないみたいに。ちょっとそのビジョンのしるし、求めます。
 しるしがあって、「神様って、面白いんだもん!」だって。
 しるしがあって、「大事なこと、忘れてたぁ!」だって。
 しもべは聞きます。お話下さい。しるしくれました。

天使ケルビム:
 あのね、大事なこと、言うの、忘れちゃったから二人に言うけど、ちっちゃい赤ちゃんって、お母さんが来るだけで、「にこにこにこ!」って天使みたいに微笑む時期があるんだって。

 苦しくってどうしようもない時に、「にこにこにこ!」ってするのは本当に難しいんだけど、でもイエズスに「この十字架好き!」って言って、「天使ちゃん‘にこにこにこ’だもんね」って話してみてね。

 悪魔は「にこにこにこ!」を取り去ろうとして、必死で変なことばかりやって痛めつけたり、苦しませたり、時には発作のようなものを起こさせたり、そういうことしかやらないから。

 天の人々はみんなやさしいし、天使ちゃんがいっぱいすぐそばにいてくれてるから、マルセリーノが独り言で「マヌエル」とお話してたみたいに、「ねぇねぇ、ケルビムちゃん!」とか、「セラフィムちゃん!」とか、「私の好きな天使ちゃん!」とか、ちっちゃい声でいいから、自分で何かお話作ってみて遊ぶとかしてみるの、楽しいと思うよ。

 ちょうど、キティちゃんもいるし、ひよこちゃんも、プーさんもいるから、「こんな子たち、いるよ!」って話して、全然構わないよ。おしゃぶりしながらでもね。

 おしゃぶり大好きなクララ・ヨゼファ・メネンデスは、もう赤ちゃんになっちゃってるから、かわいくてしょうがなくって、遊びに来ました。祝福します。もう一度、クララ・ヨゼファ・メネンデスに、司祭の祝福をお願いします。

ジャン・マリー神父:(クララ・ヨゼファ・メネンデスに)
 全能の神、父と子と聖霊とが汝を祝福し給わんことを。アーメン。

マリー・マドレーヌ:
 確認のしるし、今もらいました。

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甘えてね − 聖母マリア様からのメッセージ

甘えてね − 聖母マリア様からのメッセージ
2007年5月17日 PM2:56 (抜粋)

マリー・マドレーヌ:
 聖体拝領後、後になって、カリスの洗浄の時に、もうどうしようもないので、「マリアママ、助けてくれるもんね。」って言って、マリアママの御像をとって、胸にちょっとくっつけてました。そしたら「甘えなさい。」って一言が聞こえてきて、しるしがあったので、「マリア様の声だ」っていうのがわかりました。識別のためのしるしありました。

ジャン・マリー神父:
 しもべは聞きます。お話下さい。

聖母マリア様:
 愛する子供たち、無原罪の聖母が話をします。一人一人、甘えるのが難しいようで、マリアママがすぐ側にいて、甘えることを教えてあげます。

 愛する4歳の可愛い息子(ジャン・マリー神父)は、ミサの時にもそうでない時にも、マリアママから離れようとしません。いつも、べたべた甘えて「ねえねえ、これちょうだい、あれちょうだい。助けてくれるもんね。」って、いっつもいっつも言ってます。マリアママが大好きで仕方がなくって、いっつもおっぱい、ねだってます。

 こんな可愛い司祭、今までにいなかったし、見たことがありません。すっごく可愛くて、何でもあげちゃいたいくらいです。

 マリアママは怖くないから、甘えて欲しいの。ね、マリー・マドレーヌ。甘えてちょうだいね。司祭の祝福を、3人の女性に、一人一人、名前を読んで祝福してあげて下さい。

ジャン・マリー神父:
 全能の神、父と子と聖霊とが汝を祝福し給わんことを。アーメン。

マリー・マドレーヌ:
 今しるしもらいました。

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127-1聖ヨゼフのユリ

127-1聖ヨゼフのユリ
 聖シャーベル修道会の会則と会憲は天からのメッセージと同様、リトル・ペブルさんに天から直接与えられたものです。アシジの聖フランシスコの場合と同じですね。アシジの聖フランシスコの小さき兄弟会が急激に発展したので、最初の原始会則にかえ、神は聖フランシスコに、それに即した第二会則を再び与え、書きとらせました。しかし彼の後継者たちはそれを捨ててしまいました。今、世界中でほとんどのフランシスコ会派が用いている会則は、その後、神が3度目に聖フランシスコに与え、書きとらせた第三会則であり、第二会則は永久に失われてしまったのです。第二会則は後継者たちが思い描いていた会のあり方とは、まったくあいいれない会のあり方が、神から与えられて書きとらされていたのでしょう。

 今、日本のこのリトル・ペブルさんと一致したミッションで、共同体を設立したい、または将来入りたいと思っている人が、もし聖シャーベル修道会の会則会憲を読むならば、アシジの聖フランシスコの後継者たちがやったと同じように、この会則会憲は捨ててしまうでしょう。なぜなら聖シャーベル修道会の会則会憲が、彼らの考えている共同体のあり方と全く違う共同体のあり方、彼らが考えている共同体の設立の仕方と全く違う共同体の設立の仕方を規定しているからです。聖シャーベル修道会の会則会憲とは全くあいいれない共同体のあり方、共同体の設立の仕方の思い込みは日本人独特の考え方から来ていて、この間違いはオーストラリアで聖シャーベル修道会が設立されたことが日本人の耳に入った時から存在しています。

 しかし聖シャーベル修道会の会則会憲を捨ててしまうに違いないほどに、日本人独特の間違った共同体のあり方と、共同体の設立の仕方の思いこみが、正しいものとしてこのミッションのほとんどの日本人にしっかりと根を張り、決定的に共通理解となってしまったのは1996年以後です。そしてそのことが防げなかったのは、聖シャーベル修道会の会則会憲が一部の人々にかこわれてしまって、ほとんど誰も読むことができなかったからです。リトル・ペブルさんからは翻訳担当者から受け取るように指示が出ており、待つしかなく、何年もがむなしく過ぎていったのです。結局このルートで日本語の会則会憲が入手できるようにはなりませんでした。この事態にはやはり派閥心が根底にあるのです。

 聖シャーベル修道会の会則会憲が一部の人々にかこわれてしまったことで、日本のこのミッションは計り知れない打撃を被りました。ひとつは共同体の設立が遅れていることです。しかしそれはもうひとつのことに比べれば、まだ小さな打撃です。そのもうひとつのこととは、共同体のあり方と共同体の設立の仕方の間違った思い込みが日本人の間に定着したので、聖シャーベル修道会の共同体の設立が、彼らにとって不可能になってしまったことです。そうです。遅れるならまだしも、不可能になってしまったのです。

 それはこういうことです。実例によって説明します。カナダでは、聖シャーベル修道会の共同体を設立する動きが非常に早く起こり、ニューブランズウィック州内で、ほぼ同時期に2つの共同体の設立が開始されました。そのうちのひとつは、財産を出し合ってひとつの敷地に共住を達成した段階から、先に進もうとしませんでした。マリア様はしばらくお待ちになられましたが、やがてついにこうおっしゃいました。「彼らはもう共同体ではありません。単なる農家の集まりです」と。そして彼らは崩壊の道をたどったのです。

 今、日本のミッションに参加している日本人たちが彼らの間違った思い込みを修正しなければ、必ずこれと全く同じ道をたどります。カナダの残ったもうひとつの共同体は、聖シャーベル修道会の会則会憲の正しい理解に立脚して、この会の精神とカリスマを学びつつ前進し、今は大きく発展しています。そのようにしないなら、共住し、たとえ財産を共有しても、聖シャーベル修道会の共同体には決してならないのです。

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今日の寺沢♪

今日の寺沢♪
半分 葉ザクラになってますた★

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識別について(5) マリー・マドレーヌの自叙伝からの抜粋

 聖霊派の教会はとっても危険です。いやしの集会をよくしますが、いっしゅんのよろこびだけしかあじわえません。「『悪霊追い出し』と言いながら、悪霊を呼んでいるんだ」と、司祭がわたしに話してくれました。

 それから、わたしも経験したんですが、「異言を話す」、これは、「神様を讃美するためにつかうんだ」と聖霊派の人たちは言っていたけれど、司祭がおしえてくれたことは、神様を呪う言葉を言っているのだというのです。わたしは異言を解き明かすことはぜんぜんできなかったから、何も知らなかったです。びっくりしてしまいました。

 それから、手を人に置くことを、よく聖霊派の人たちはやります。けれど、唯一このことができるのは司祭だけなのです。いやしをおこなうのも、悪魔を追い出すのも、司祭に権能がさずけられていて、信者はこのことをするのを禁じられています。だからもし、あこがれをもっていたら、それをすてさってください。興味本位でしないでください。

 信者が按手すると、悪霊がはたらいて、悪い影響をその人におよぼします。悪魔との契約がされてしまう危険性もあります。他の宗教で、按手をする行為をすすんでしている人たちは、まさにそのとおりになっています。

 絶対、秘蹟をすることができるのは司祭だけです。よくおぼえておいてください。

 聖霊派の教会で、いやしの集会のとき、「賜物をそそがれて聖霊を受けた」といった人たちのなかで、たおれる現象があらわれます。これもちがいます。よく、「笑いが与えられた」と言って、みんな笑っていましたし、わたしもこの経験があります。けれど、そのしゅんかん、よろこびだけが前面にでているだけです。神様からくるのは、さわがしさではありません。

 音楽も、おどりながら、手をたたきながら讃美するんです。これはまさにニューエイジの影響です。解放感をあじわうことが目的の礼拝になっています。だから、一時的に解放されても、完全な幸いは得ていません。

 それと、聖霊派は、とってもカトリックを批判しています。わたし自身、説教中に何度もカトリックを批判する牧師さんの言葉をきいて、とっても心が痛くなって、悲しくなりました。偶像崇拝としてマリア様をきらっています。イエズス様にたいしての考えも、復活を強調するけれど、苦しむことに価値を置いていません。「十字架による死は、勝利ではなくて、よみがえりこそ人生の幸せであって、福音なんだ」と。

 カトリックは、イエズス様の十字架の救いに、一番の価値をおきます。聖霊派の人たちは、この価値にたいして、悪魔の手口だといって批判します。でも、カトリックは、これとはまったくちがいます。霊魂の救いがいちばんです。滅びようとしている多くの霊魂の救霊を一番におきます。それから、イエズス様の生涯を大事にします。

 オカルト的なものは、いっさいカトリックの教えに反するので、決して信じてはいけません。その考えを絶対にすてさってください。神話とか、伝説にもとづくもの、迷信もだめです。

 それと、自分も力をもって、人をいやしたり、奇跡をおこなえるようになりたいという考えも、いっさいだめです。「神の力をもらうことで、自分が何かちがうものになれる」という思いから、このあこがれがでます。傲慢なので、絶対にこの賜物にたいして執着することはしないでください。

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25日の日記

25日の日記
清水小屋の人々♪

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識別について(4) マリー・マドレーヌの自叙伝からの抜粋

【 夢と神秘的体験をしたときの対処のしかた 】

 夢にかんしても、悪魔からのインスピレーションにかんしても、暗示にかからないように気をつけてください。「この意味はなんだろう?」とさぐらないでください。関連づけて考えることは絶対にしないでください。わたしたちはとってもだまされやすいです。

 暗示にかからないために、そして深層心理に書きこまれないために、神秘的体験をうけたときは、一回も例外なく、その場ですべて決着をつけなければなりません。

「識別のための秘密のしるし」を与えられるまでは、例外なく、どんなことにたいしても、「イエズスの御名によって命じる。サタン、出て行け!」ときびしく命じて、その現象を打ち切らせなければなりません。仮に100のうち1つ、天からのものがあったとしても、そのように対処しても、謙遜を深め、愛を増す、という効果が霊魂にじっさいにのこります。99パーセントは悪魔からのものであると言っても過言ではないのが、本物の幻視者・幻聴者・神秘家たちが、日々体験している現実です。

 いままで、このような指導をする司祭はいませんでした。ほんとうに、ちいさいことからジャン・マリー司祭に従順してください。

 天からえらばれたリトル・ペブルさんと一致する幻視者は、ひとりひとり、識別のための秘密のしるしを、天からもらいます。『識別のための秘密のしるし』です。

 神秘的体験がはじまったと思ったら、すぐにジャン・マリー司祭に連絡してください。そうしてすぐに、「自分だけにしかわからない秘密のしるしをくださるよう」にと、天にたのみます。天からえらばれたリトル・ペブルさんと一致する幻視者であるならば、そのしるしは、かならずわかる形でもらえます。それをもらったら、誰にも言わないでください。書くこともしないでください。わたしが書いているように、『しるしをもとめました。しるしがありました』とだけ書いておいてください。そしてすぐに、ジャン・マリー司祭に連絡して、その後の指示にしたがってください。

 神秘的体験をうけている最中に、とぎれなく悪魔の介入を排除するやりかたは、ここには書きません。それがいちばんたいせつなことなのですけれども、ジャン・マリー司祭からじかに指導を受けて、その方法をつかえるようにならなくてはなりません。

 もし、あなたが、天からの本物の『識別のための秘密のしるし』をいただいたなら、そのしるしを正しく用いてください。大切にしてください。あいまいな用い方をしないでください。悪魔の策略を見破るのに、ひじょうに重要だからです。しるしをもらったから安心したいところなのですが、わたし自身、誰にも言わなかったし、書かなかったのに、あるときの会話で心が動揺したのをきっかけに、悪魔にしるしを見破られてしまったことがあります。なにかのきっかけで、しるしが見破られてしまうことがおこります。そうなってしまうと、いままでつかっていたしるしは、つかえなくなります。そうなると、どんなに神秘的な感覚を感じたとしても、すべて、「サタン、出て行け!」と言って追い出します。緊急事態のことなので、そのときには、もう一度、天の方々にしるしをくださるようにとたのんでください。時間がかかっても、あきらめないでください。「悪魔に見破られないように、しるしをください」といって、祈りつづけてください。そうしたら、かならずくださいます。そしてまたすぐに、ジャン・マリー司祭に連絡して、その後の指示にしたがってください。

 もし、あなたが、天からの本物の『識別のための秘密のしるし』をいただいたなら、夢についても眼が覚めたら、すぐに「しるしはありますか?」とたずねてください。もしあったら、「しもべは聞きます。おはなしください。」と言ってください。しるしがなかった場合は、すぐに、「イエズスの御名(みな)によって命じる。サタン、出て行け!」と命じてください。

 もし、あなたが、天からの本物の『識別のための秘密のしるし』をいただいたなら、半覚醒状態のときにもしるしをもとめます。夢は、しるしをもとめるのがむずかしいですが、もとめることを意識してください。もとめわすれたときには、『もとめわすれた』と、きちっと書いて、記録にのこしてください。しるしがなかった場合、あいまいにしないで、最後まで決着をきちっとつけてください。霊戦なのですから。自分の判断で終わらせないでください。

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126-3聖ヨゼフのユリ

 日本人である皆さんは宣教事業とはどうあるべきかという理解を持っていません。歴史を通じて示されてきた「神の摂理に信頼して寛大に与える」人々への神の祝福と保護の実例の数々も知りません。おまけに日本人は派閥心に凝り固まっていて、しかもケチンボです。だから過去の日本のミッションの過ちを反面教師にして、皆さんはどうか同じ過ちを犯さないようにしてください。

 天からのメッセージ等の翻訳をかこう行為は、日本のマリア様のミッションを分裂させ、グループ同士を敵対させています。しかし損害はそれだけにとどまりません。もしマリア様の望みに従って一致協力して仕事をしていれば、何倍もの翻訳の仕事ができていたはずです。最も重要かつ緊急だった聖シャーベル修道会の会則会憲の翻訳も、訳すように天から指示を受けていた人が訳すべき時に訳せたはずです。

 他にもマリア様がぜひ読むようにとおっしゃっていながら、日本語に訳されていない多くの部分が残されている本、マリア・ワルトルタの著作集とか、シエナの聖カタリナの「対話」とかも、その残りの部分を訳すことができているはずです。そのうえ見苦しい派閥間のいがみ合いは、愛徳を損なわせ、個人個人からも、日本のミッション全体からも多くの恵みを失わせ、多くの弱い人つまずかせ、ミッションから離れさせました。グループ自体も行き詰まり、自分の首を自分でしめる結果になっています。

 だからグループのリーダーたち、プロモーターたち、そして翻訳の実務者たちに言います。いつまで神の御旨に逆らって、摂理に信頼せず、持っているものを寛大に施さず、協力し合わず、一致を拒み、人間的なシステムに頼り続けるのですか? 天からのメッセージ等の翻訳をかこうことをもうやめてください!

「私たちが翻訳したものをどうか使ってください。使っていただければ、あなたたちに仕えることができて私たちはうれしい」と言ってください! そして翻訳の実務者は、自分自身にはこう発言する責任があるということを知ってください。「私が翻訳した天のメッセージをグループ内でかこうことを私は決して許さない!」と。

http://hakobune.cart.fc2.com/ca1/3/p2-r-s/

追伸:
 ジャン・マリー神父は、文章はきついことを書いているけど、すごくやさしい神父だよ。とくに、間違っている人、罪人にたいして、信じられないくらいあわれみぶかい神父ですよ。こわがらないで、心をひらいて、悪さをもろだしにしてね。みんな受け入れてくれますよ。

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126-2聖ヨゼフのユリ

「なぜメッセージ等の翻訳をかこって、他のグループに使わせないのですか?」と皆さんは質問しますね。それは自分のグループの利益だけをはかる派閥心なのです。つまり、メッセージ等の翻訳をかこうのは、世間的な集金システムの整備なのです。ですからもちろん世間的には法律的に認められた行為です。しかしこれは、神の祝福をいただける行為ではありません。

 例をあげて説明しましょう。コルベ神父様は日本に来て、宣教事業を開始し、「無原罪聖母の騎士」誌を出版しました。この月刊誌は、購読料を払いたい人は払う。払えない人はただで受け取るというシステムで発行されていました。これは世間的集金システムを知ってる人には、気違いざたとしか思えないシステムです。しかし、この「神の摂理に信頼して寛大に与える」というシステムは神の祝福をいただき、読者はどんどん増え、経済的にもうまくゆき、宣教事業は急速に発展し、多くの日本人に救霊をもたらしました。

 コルベ神父様の後継者に日本人会員がなっていくと、日本人はコルベ神父様のシステムを世間的集金システムに切り替え、そのシステムを整備してゆきました。ところがそうすればそうするほど読者は減少し、経済的にもまったく成り立たなくなっていったのです。これはコルベ神父様の精神による「神の摂理に信頼して寛大に与えるシステム」は神からのものであったことと、日本人会員たちの精神による世間的集金システムの整備は神からのものではなかったことをはっきりとあらわしています。

 ローマ・カトリックの宣教事業においては、すべての時代に、世界のどこにおいても「神の摂理に信頼して寛大に与える」人々は、神の祝福をいただくので、どんどんその事業が発展し、逆に人間的手法で経済を確立しようとする人々は、神の祝福をいただくことができず、徐々に行き詰まってゆき失敗に終わります。今ももちろんこのマリア様のミッションにおいても世界中でこのことが起こっています。

 リトル・ペブルさんは天から与えられたメッセージを発行するのにただで与えるだけです。広め方も何の制限もせず、インターネットですべて公開しています。翻訳者を許可制などにしたりしません。人間的に考えたら宣教事業の経済は成り立つはずがないのです。それなのにたくさんの反対者が経済的にぶっつぶしてやろうとあの手この手で挑んできても、事業は発展し続け、メッセージの支持者も全世界で増え続けるばかりです。

 日本の聖シャーベル修道会はコルベ神父様のシステムを採用しています。「箱舟の聖母」誌を、マリア様のためにすすんで奉仕したい人は寄付を出して読みます。そうしたくない人はホームページに数カ月後に無料公開されるのを待ってただで読みます。どちらの人も自由にコピーして読みたい人、読ませたい人にどんどん配ってよいのです。世間的に考えたらただで読めるものをお金を出して読むバカはいないと思うでしょうが、私たちには宣教事業に必要なお金はいつも送られてきているのですよ。これは毎日が奇跡の体験といって過言ではありません。

 しかもキリスト教徒でない多くの日本人が、私たちの宣教事業を通してリトル・ペブルさんと、天からのメッセージをもうすでに知っているという実りも実っています。これで十分わかりましたね。神の御旨は、私たちが「神の摂理に信頼して、持っているもの寛大に与えること」なのです。

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追伸:
 ジャン・マリー神父は、文章はきついことを書いているけど、すごくやさしい神父だよ。とくに、間違っている人、罪人にたいして、信じられないくらいあわれみぶかい神父ですよ。こわがらないで、心をひらいて、悪さをもろだしにしてね。みんな受け入れてくれますよ。

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22日の日記

22日の日記
雄物川の堤防道路ぞいのサクラ並木♪

昨日の強風にもかかわらず、満開!


http://homepage1.nifty.com/charbeljapan

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126-1聖ヨゼフのユリ

 日本のミッションでは、ある期間など、リトル・ペブルさんが天から受けたメッセージを4カ所で、少なくとも4人が4通りの翻訳をしていました。大して差異のない訳です。「何で同じことを4人がやるのですか? 誰か一人がやれば済むことでしょう?」と皆さんは理解に苦しむことでしょう。「一人が翻訳し、必要な人みんなに使わせてあげればいいのではありませんか? そうすれば他の3人は別の仕事ができるのに」と当然考えるでしょう? 誰が考えてもおかしいこの非能率で無駄なやり方は今も同様に、全ての天からのメッセージが2カ所以上でダブって翻訳されるという事態となって続けられています。

 ローマ・カトリックの専門用語に強い翻訳者は、日本のマリア様のミッション全体でもわずかな人数です。そのうえ、翻訳すべきものは山ほどあるのです。翻訳者たちが一致協力して手分けしてやらなければ、大切な仕事にも手がまわりません。(日本のミッションで最も大切で、かつ緊急を要していた翻訳の仕事は、実は聖シャーベル修道会の会則会憲の翻訳だったのです。このことは後ほど説明します)

「なぜこんな馬鹿げたことを何年も続けているのですか?」とみなさんは聞きます。それは「私たちが翻訳した天からのメッセージ等は、他のグループには使わせない。自分たちのグループのためのものは自分たちで翻訳しなさい」という主張がまかり通っているからです。すなわち天からのメッセージ等の翻訳をかこう行為が原因なのです。

 過去20年間の日本のマリア様のミッションで、プロモーターとプロモーター、グループのリーダーとグループのリーダーの分裂と感情の対立、そして互いへの敵視は、主にこの天からのメッセージ等の翻訳をかこう行為が原因になって起き、この行為がずっと続けられているために、修復できないほどにエスカレートしてきています。この悪い実りがはっきりと証明しているのは、メッセージの翻訳等をかこう行為が神からのものではないということです。もしこの行為が神からのものであれば、混乱や分裂、憎しみや敵意などはもたらされるはずはなく、逆に愛と一致と平和が実りとしてもたらされたはずです。

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コルベ・マリー阿部哲朗の告白録(7)

【 問題行動の数々…(2)】

 さきの「秋田の聖母」のエピソードのまえに、ぼくは10年近く「ひきこもり」の生活をしていた。「ひきこもり」って言葉が、まだなかったころのことだ。

 20歳のとき、名古屋で一人暮らしをはじめて、すぐ、いまで言う「ひきこもり」になった。1982年ころだと思う。当初は、大学の教養課程の単位をとるために、かろうじて出席日数が足りる程度は、学校行ってたけど、4年生で研究室に入ってから、お休みががぜんふえたと思う。

 修士課程、博士課程後期は、ゼミの日以外は、夕方ごろ出てきて、喫茶店で「ゼビウス」やりまくって、閉店後、研究室のPC-9801 でゲームやりまくって、ちょっと実験して、明け方、学生マンションに帰って寝た。先生とか研究室の仲間とは、ほとんど顔をあわせない。当然、学校と家から電話がガンガン鳴るわけだけど、電話線ひっこぬいたり、お金あるけど電話代はらわないで、通話できなくしたりした。

 そうだ、思い出したけど、お金あるのに家賃滞納して、督促されたことがしょっちゅうだった。何もする気力がなかったんだ。

 当時、家庭用ビデオとパソコンが普及しはじめたころで、部屋ではオナニー三昧、ゲーム三昧、マンガ三昧だった。部屋の中には、生ごみ袋が十数個、トイレ行くのがおっくうだったから、ペットボトルに小便をしていた。風呂は3日から一週間に一回。髪はボウボウ、ひげもボウボウ、乞食みたいなかっこうしていた。

 こんなんだから、恥ずかしくって、外へは出れない。前にも言ったように、生まれつきの対人恐怖症だから、なおさら出れない。でも、3日くらい篭城すると、食料がつきてくる。お腹がすいてどうしようもなくなる。

 飢餓状態で起きだして、シャワーを浴びるんだけど、自分が生きてるんだか死んでるんだか、わからない。しばらくぼうぜんとしている。自律神経がおかしくなっているから、暑いんだか寒いんだかもわからない。

 死にそうにしんどいんだけど、必死に気力をふりしぼって、人通りがなくなる午前2時か3時ころ、両隣に気づかれないようにそっと部屋を出て、コンビニへ向かう。歩きだから、せいぜい三日分くらいしか持てないんだけど、パン・カップラーメン・冷凍食品・ジュース・酒を両手いっぱいにかかえて、できるだけ急いで部屋にもどる。

 ず~っと、ふとんにもぐって寝ていたから、体力はガタ落ちでしんどかった。でも、いちばんしんどいのは精神のほうだった。苦しくって苦しくって、毎日、ビールを1リットル以上飲まないと寝れなかった。寝るというよりも、酔っ払って3時間くらい意識を失っていたというのが本当のとこだろう。その後、うとうとしながら見る夢は、核戦争、大地震、何か恐ろしいものに追っかけられ続ける……。あせり、怒り、不安……

 リトル・ペブルさんに与えられたマリアママのメッセージに出会ったのは、こんなひどい「ひきこもり生活」が絶頂期にたっした1987年ころだったと思う。

「神様はもっとも罪深い人を、もっとも愛する」 マリアママは、こんなひどい罪人のぼくを、そのまま愛してくれているんだ。

 ぼくが、どれほどひどい状態だったか、そして、いまもその後遺症をひきずっているか、その根底にあるのは「傲慢(ごうまん)」という深刻な罪であるということを、おいおい書いていくよ。

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125-4聖ヨゼフのユリ

 そして皆さん全員に言います。メッセージを知ることで「真理の中の真理」を知ることができた皆さんは、この世で最も価値ある財産を預けられ、持たされているのです。これを隣人に与えることは、どんな物質的富を与える行為よりもすぐれた愛徳です。なぜなら隣人に「永遠に続く無限の幸福」を与えることになるのですから。

 だからこの最高の財産を神から預けられたあなたの使命と責任は重大で、同時に、あなたがそれを知らないあわれな隣人に分け与えれば、その報いは限りなく大きいのです。

 神の御旨とは、今それをあなたが全力で行うことなのです。この最高にすぐれた愛徳をあなたが行うことで実る神の救霊のみわざの結果と、日本のマリア様のミッションの保護の両方ともを、神の摂理におまかせしてください。

 神の摂理に信頼するのです。そうすればどちらのことも、カナダのミッションのように、私たち、日本の聖シャーベル修道会のように、神は人知を超えた方法で完璧に行って下さいます。皆さんに悪いことは何一つ起こりません。あなたの心の最大の悪は、組織第一で、隣人の永遠の救い(今この時も死んでゆくたった一人の救いをもです)を二の次にする派閥心からきている価値観の狂いです。その人間的な価値観は、神の価値観とは正反対なのですよ。

 だからあなたは、あなたの安全のためだと言われようが、組織の安全のためだと言われようが、日本のミッション全体の安全のためだと言われようが、メッセージをかこう指示には従ってはなりません。これはあなた個人が神の御旨か、派閥心かのどちらかを選ぶ、神とあなたの問題です。

 あなたは「私は人に従ったまでです」と言って、言い訳することはできません。聖書は「人に従うよりも神に従え」と神の命令をはっきりとあなたにも伝えているのですから。

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追伸:
 ジャン・マリー神父は、文章はきついことを書いているけど、すごくやさしい神父だよ。とくに、間違っている人、罪人にたいして、信じられないくらいあわれみぶかい神父ですよ。こわがらないで、心をひらいて、悪さをもろだしにしてね。みんな受け入れてくれますよ。

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檄文 「韓国の若者たちへ」

http://www.youtube.com/watch?v=3Xa2j0t-86A

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125-3聖ヨゼフのユリ

 ある人々は、よその国のメッセージの内容を盾に、自分たちの行いを正当化しようとするかもしれません。だからあらかじめ反論しておきます。日本は世界の光となるという特別な、本当に特別な使命に召し出されています。世界の国々がまことの神に、そして唯一の真理であるローマ・カトリックの教えに改心する起爆剤になるという使命です。

 この特殊な事情のゆえに、そして宣教国であるという一般的事情のゆえに、日本での、日本人への神のご要求は、堂々と自分の信仰とリトル・ペブルさんを支持する信念を表明し、天からのメッセージを広めることなのです。

 日本と日本人に与えられたこの偉大な使命を辞退するつもりなのですか? 神のこの素晴らしい預言を信じていないのですか? もうそれが実現するという希望を捨ててしまったのですか? 神が日本人に特に命じておられること、各自が信仰と信念を堂々と表明し、メッセージを多くの人に紹介することをやめて、よその国への指示を採用することを選ぶのは、よその国の将来の事情と日本の将来の使命の違いをわかっていないのです。

 日本は隠れないで宣教しなさいと個々人が命じられている国なのです。

 どうかグループのリーダーたち、プロモーターたちは天からのメッセージをかこわないでください。グループのメンバーはメッセージを広めることについて何ら制限されてはいけません。むしろその逆に、天からのメッセージを精いっぱい広めるようにと励まされるべきです。

http://hakobune.cart.fc2.com/ca1/3/p1-r-s/

追伸:
 ジャン・マリー神父は、文章はきついことを書いているけど、すごくやさしい神父だよ。とくに、間違っている人、罪人にたいして、信じられないくらいあわれみぶかい神父ですよ。こわがらないで、心をひらいて、悪さをもろだしにしてね。みんな受け入れてくれますよ。

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今日の寺沢は

今日の寺沢は
こんな感じ。

明日、あさってには、サクラ満開になるんじゃないかなぁ♪

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識別について(3) マリー・マドレーヌの自叙伝からの抜粋

 ホームページで書いた手記は、とてもたくさんの内容で、毎日起きる神秘的な体験の中には、天からのものは少ししかないことを記します。だから、あまり重要な内容のものは少ないのです。

 メッセージを受けるようになってから、だんだん神秘的な体験も深さを増してきました。それと同時に、悪魔のアタックも多くなっています。

 マリア様、いつもいつも、恵みをいっぱいくれてありがとう。

 そして、司祭が教えてくれることは宝物。わたしの霊魂がこの『宝物』として、受けた指導にたいして、従順に従うのを天の皆さんが望まれているのに、わたしったら、毎日数秒に1回、それとわからないほど、たくさん変なことしてしまって、司祭を手こずらせているんだ。たいへんな修練者なんだとよく言われます。

 わたし、ほんとうに、ここの家にいて、最高に幸せの生活してます。他のところですごすことは、いまのわたしにはぜんぜん頭にありません。一般的に、「修道会」ですごす人たちは、修練者と修練長との間では、絶対に『従順する』ことが要求されて、不従順な態度を修練者が修練長に見せたら、もうそこでは生活できなくなるときいています。「荷物をまとめて帰りなさい」と修練長が言って、修道会から出されます。

 わたしがいるこの修道会は、リハビリが必要で、いろいろと精神的、または肉体的に弱さを持った人たちが集められています。秋田の共同体はいま、みんな病気をかかえてるんです。司祭が難病を持っているので、司祭が、いちばん生活しやすいように、まったくプログラムは組まないし、あさごはんも何時に食べるとか決まってないです。世間で言う「普通の生活」とははなれているけど、そこが一人一人にとって、『ストレス』を感じないようにする配慮を、司祭自らがしてくれて、わたしたちの心もからだも、ほんとうに1日をよろこんで生きられるように、気をくばってくれます。絶対に一人一人にたいして、無茶なことを要求しないです。

 でも、霊魂の成長について、自分の傾きを直すことについては徹底してます。危険であると司祭が判断したら、「そこが危ない」とか、「このことはやめなさい」とか、すぐに指摘してくれます。

 いちばん大きな喜び、それはみんなとの会話で、たがいの存在を認めて、そのままをみんなは個性としてみることにあります。

 悪さがあっても、ゆるして笑ってくれる。そんな仲間にあえて、わたしは神様に感謝でいっぱい。

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リトル・ペブル同宿会ニュース No.007

http://www.youtube.com/watch?v=OnhdNNGh0LU

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識別について(2) マリー・マドレーヌの自叙伝からの抜粋

【 皆さんにお話ししたいこと 】

 それから皆さんにお話ししたいことがあります。

「神秘的な体験があるかなぁ」と思った人は、すぐにジャン・マリー司祭に連絡してください。それと、助言に関して、わたしは人に教える立場ではありません。教えるということができるのは、唯一司祭だけです。

 そのため、なにか聞きたいことがあったときには、即、司祭に話してください。

 わたし自身、信仰の面においては、皆さんよりはるかに劣っています。

 聖トマのように、なにかに触れる、感じる、といった方法によって歩くことしかできません。イエズス様は、『見ないで信じるものは幸い』と言っています。

 それからわたし自身、傷物で、徳もないですし、過去のどんな幻視者よりも材料が悪いです。それと、祈ることも、黙想することもできないんです。なにも知らないんです。何度か書いてきたように、なにも感じない、神秘的な体験もまったくないといった無味乾燥の状態の人たちのほうがはるかに多いし、その方たちのほうが立派な信仰生活を送っています。

 なにか信仰のことで相談したいことがあったら、幻視者や神秘家、恵みの霊魂の人ではなくて、まったく無味乾燥で進んでいる人たちに相談してください。信仰一本で神様によりすがっている人たちなのですから。

 それから、幻視者は、別の幻視者にたいして指導することはできない、ということを言っておきます。もしそんなことをしたら、傲慢になって落ちてしまいます。

 皆さんにとって、来年(2006年)がマリア様に祝福された良い年になりますようにお祈りします。


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識別について(1) マリー・マドレーヌの自叙伝からの抜粋

【 マリー・マドレーヌの一言 】

 今年1年(2005年)が終わります。このように、たくさん神秘的な体験を書いてきて、神様の恵みにささえられたことを、心から感謝しています。悪魔によるアタックも、だんだんはげしさをましてきています。

 けれど、司祭の言われたことに従順に従うなら安全である、ということがはっきりしてきました。

 それと、幻視者が、いかに一人では立っていけないかを、つくづく思わされた1年でした。

 マリア様に、ヨゼフ様に、そして大好きなイエズス様に「ありがとう!!」 そう言いたいです。

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125-2聖ヨゼフのユリ

 そのような人間的な理論を打ち破るために実例をあげましょう。どちらも私がじかに体験したことです。リトル・ペブルさんと一致し、強力にサポートしていたカナダのミッションに幻視者が天から与えられ、公的ご出現が始まりました。もちろんメッセージは自由に広められ、ご出現地はオープンに人を迎えました。そこで、日本でいえばプレイボーイ誌のような非常に低俗なカナダのある週刊誌は、ご出現と天からのメッセージをもの笑いの種にしようと記事として扱ってくださったのです。そのせいで、信じる人々が増え、司祭までもがご出現の真実性を固く信じて巡礼に来たのです。

 もうひとつの例は私たちのインターネットでの宣教です。完全にオープンです。敵だろうが読みたい人は自由に天からのメッセージを読みます。そして敵対している人たちが実際に攻撃キャンペーンを繰り広げて下さいます。ところが彼らが攻撃キャンペーンをやってくださればやってくださるほど天のメッセージを信じる人々が増えていくのです。メッセージがどのように広まってゆき、マリア様のミッションがどのように発展し、強化されるかは人知を超えています。

 皆さんはこの神の摂理をどう受け止めますか? メッセージを与えてくださり、それを信じた一人一人に、そのメッセージを広めるように命じておられる神が、その命令に単純に従っている人を保護しないなどと考えられますか? おまけにこれは聖福音でイエズスが命じておられることにも従うことなのです。「私が闇の中でいうことを、あなたは明るみで言え。耳をあてて聞くことを屋根の上から知らせよ」(マテオ10・27)と私たちは命じられています。自らの行いをメッセージと聖福音の両方に照らして識別してください。

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18日の日記

18日の日記
藤田屋さんに行ってきました。

オーソドックスな みそラーメンを頼んだんだけど、めちゃうま!

大満足でした♪

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125-1聖ヨゼフのユリ

 プロモーターの許可なくメッセージを人に渡してはいけないとか、メッセージを広めるのに対してプロモーターが何らかの制限をする国、そしてそれをおかしいとも思わずに皆が従う国が日本以外の世界のいったいどこにあるのでしょうか? 天がすべての人のために与えるもの、すべての人に届けてほしいと願っているものである天からのメッセージでさえ、日本では派閥のかこいものにされているのです。

 皆さんは自分がメッセージを知った時のことを忘れたのですか。地獄に向かって歩いていたでしょう? あなたがカトリック信者だったら現代主義に乗っかって、反キリストのロード・マイトレーヤの教会の一員となるべく進んでいたはずです。カトリック信者以外の人は、無神論やオカルトや物質主義やニューエイジや肉の快楽や金のとりこになって、その瞬間死ねば必ず地獄行きになっていたような生き方をしていたはずです。メッセージに出会えたからこそ、救いの可能性が開けたのでしょう? 今も、もしメッセージを知っていれば、自分の霊魂を救うことができるはずだった人が、日々大勢死んで、永遠に続く地獄の罰に飛び込んでいるのですよ。同じ立場から救われたというのに、彼らに対しての思いやりは全くないのですか? 

 そうです。あなたたち日本人は、まず組織の利益が大切なのです。隣人の永遠の運命など二の次なのです。メッセージを広めれば、敵に情報がわたり、組織に迫害が及ぶから、しいては日本の、リトル・ペブルさんを支持している人たちみんなの不利益になるから賢く?慎重に?やらなければならないというのはウソです。皆さんが思いやっているのは神の利益ではなく自分と身内の利益です。

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124-2聖ヨゼフのユリ

 まず幻視者本人に言います。他の幻視者と決して上下なく一致するのです。人の上に立とうと思ったり、人を指導しようと思ったりしてはいけません。同様に幻視者以外の人々の間でも、彼らの上に立とうとしたり、彼らを指導しようとしたりしてはいけません。あなたは聖徳の実践の模範を見せることによって、人を聖徳に導くように召されたのです。特にどんな試練の中でも首尾一貫して神にハイと常に言い続ける英雄性を、皆の前で見習うべき模範として輝かせるために、山の上の町のように目立つ存在として立てられているのです。

 過去に人の上に立とう、人を指導しようと考えた公的幻視者は皆、全員が落ちました。その二の舞いにならないでください。そして外国の幻視者の模範にならって、どんなにお世話をしてくれる人、またはグループであっても、そのかこいものになってはいけません。神が日本に与えられた幻視者全員と率先して交流し、ひとつの「一致の輪」をつくりなさい!

 幻視者のまわりの人、関係者、プロモーターや、グループの中心的な人々に言います。幻視者をかこってはいけません。それは幻視者に落ちる道を歩かせることです。あなたたちも派閥心を捨てさりなさい! 幻視者に対しては外国の人たちを模範にして、今までのやり方を180度方向転換させてください。あなたたちは天からのメッセージをよく知っているはずです。

 いったいどこに幻視者を知り合わせるな、交流させるなと書いてあるのですか? 公的幻視者がだれ一人堅忍できず、幻視者の「一致の輪」というこの世に対する最高のあかしを示すこともできず、20年間が過ぎ去ったのは派閥心のせいです。どうかマリア様を泣かせないでください。嘆かさせないでください。皆さんはおおいに間違っています。

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追伸:
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124-1聖ヨゼフのユリ

 聖シャーベル修道会の共同体で養成された、神への愛に燃え、愛しあい、一致しあう家族がこの世に対する最高のあかしであるのと同様に、神への愛に燃え、愛しあい、一致しあう幻視者たちの姿もこの世に対する最高のあかしです。それがなければ真理がこのミッションにあると、この世が認めるわけがありません。また、それがなければ幻視者は非常に弱く、もろい存在なので、悪魔から各個撃破され、次々に落ち、だれも堅忍できません。

 幻視者は互いに探し、互いに知り合い、一致しあい、上下の別をつくらず、複数ならば皆を公平に愛し、ダビデとヨナタンのように命をささげあうほどの友情を結びあい、励ましあい、支えあわなければなりません。全員でその友情の輪を築きあげなければなりません。これをマリア様は「一致の輪」と名付けておられ、「一致の輪」に加わらないものは落ちるとおっしゃっています。幻視者のまわりの人たちは、彼らが互いに探し、知り合い、一致し合うのを助ける義務があり、それを妨げるようなこと、つまりかこうことを絶対してはいけないのです。

 しかし日本人は、マリア様のこのミッションの中で20年間、天が幻視者を与えてくださるたびにその幻視者をかこい、他のグループがかこう幻視者と交流させないようにしてきましたし、今もそれをし続けています。また、幻視者本人も「お世話になっているのだから」と人間的なしがらみにとらわれて、かこわれることを受け入れました。さらに、これらのことが悪いことだとは日本人はだれも思っていません。これらが世界の常識のように思い込んでいるのです。

 とんでもありません! 外国の幻視者は互いに自分から他の幻視者に連絡をつけ、友情を結ぼうと努めますし、回りの人たちは彼らをかこったりなどしません。その逆に紹介し、連絡を手伝い、「一致の輪」が広がり、強化されるように助けています。日本人だけが全員そろって「私たちの派閥の幻視者」にしようとするのです。神は幻視者同士が決して上下なく、固い友情で結ばれ、皆が公平な愛で他の幻視者たちを愛し、話し合い、文通しあい、支え合い、励ましあう一致を築くようにと命じているのです。互いに知り合うことさえ妨げて、一体どうやってこの一致を築きあげさせ、強めあって堅忍させるつもりなのですか?

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追伸:
 ジャン・マリー神父は、文章はきついことを書いているけど、すごくやさしい神父だよ。とくに、間違っている人、罪人にたいして、信じられないくらいあわれみぶかい神父ですよ。こわがらないで、心をひらいて、悪さをもろだしにしてね。みんな受け入れてくれますよ。

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コルベ・マリー阿部哲朗の告白録(6)

【 問題行動の数々…(1)】

 約20年前、愛知県で会社勤めをしていたんだけど、会社の夏休みのとき、「秋田の聖母」のご出現地へ行こうと思ったんだ。車でね、「秋田の湯沢」へね。はじめての車での長距離旅行だ。

 ぼくは、ものごころついたときから、すでに対人恐怖症なんだ。だから、人との接触は絶対避けようとするんだね。名古屋から秋田へは、たしか長野・新潟ルートを使ったから片道約900キロ。

 人と接触したくないから、妙高高原で初めての車中泊。坂道で、からだがななめになって、一番は、山の中だから、こわくて、ほとんど寝れなかった。夜明けとともに、早々に出発。完全に寝不足だ。

 人と接触したくないから、ガソリンは、ガス欠寸前になってから、しぶしぶスタンドで給油。店員さんが「いらっしゃいませ~!」なんて、でっかい声でよってくるから、内心、大パニック状態さ! ほんと、できることなら、アクセル全開で緊急脱出したいんだけど、おろおろしながら、店員さんの誘導にしたがう。

 「おーっらい、おーっらい!」「いらっしゃいませっ! □□へようこそっ!」 うっ、うぁ~! たのむから、あっちいってくれ!

 「れ、れ、れ、レギュラーまんたん、っげっ、げんきんで……(大汗)」って、やっとこさ言うと、「まどガラスはどうしますかっ?」 「あっ、あぅう~、おっ、おねがいします」って、ほんとはいやなんだけど……。なんでいやかって、目のまえでガラスふかれると、視線をどこへやっていいもんやら、死にそうに緊張するんだ。

 ずっとがまんしてるから、トイレに行きたいんだけど、かたまっちまって、いけない(泣)。あぁっ、はやくおわってくれ~。もう、お金用意して、必死に我慢する。

 やっと、給油終わって、あと少しで解放されると思ってたら、「お客さん、タンクの水抜きの時期がきてるんですけどっ(営業スマイル!)」 うっ、うるせぇっ! このやろう! って思いながらも、「あっ、いいですぅ~」と、ひきつった笑顔でかろうじて答える。

 やっと給油が終わって、おつりもらって、脱出の瞬間がまたいやなんだ。はやく脱出したいんだけど、おつりを財布に入れるのにまごまごする。その間、店員さんは営業スマイルで、気をつけして、こっち見て立っている。大パニック状態の頂点だ。さっさと、店へ引っ込んでくれ!って思うけど、実際そうされると、見放されたみたいでみじめだし……、とにかくしょうがないから、助手席におつり放り出して、ひきつった笑顔で店員さんにあいさつして、ガソリンスタンドを一秒でもはやく後にしようとする。

 はやく脱出しようとして、なんど他の車にぶつかりそうになったり、あさっての方向に出て行ったりしたことか……。バックミラーにうつる、店員さんの唖然とした顔。ガソリンスタンドが見えなくなってから、路肩に車を止めて、助手席に散乱したおつりを財布にいれる。

 そして今度は、ひたすら立ちションできる、山の中の茂みをさがす。山の中はしっているときはいいんだけど、町の中はひたすら我慢だね。今どきは「道の駅」って便利なものがあるけど、昔はドライブイン、おみやげ屋さんしかないから、人の目が気になって、どうしても入れない。

 難行苦行のあげく、ぼくは二日目の午後3時ごろ、秋田県湯沢市についた。秋田市湯沢台ではない。秋田県湯沢市だ。「秋田の聖母」をさがして、いったりきたりした。

 それらしきものはない。ここは、秋田美人で有名なところだ。みんな、女のひとは美人で、男のひとはハンサムだ。ぼくは、生まれついての対人恐怖症だ。真っ赤になって、よけいたずねることなんかできない。

 いま住んでいる秋田県湯沢市の、古い酒蔵の建物は、いまでもよく覚えているよ。3回くらいその近辺をさまよった。やっぱり、「秋田の聖母」はにゃい!

 夕暮れの雄物川の川岸で、とほうにくれた。たぶん、うろおぼえだけど、山形県新庄市と秋田県横手市のあいだを、「秋田の聖母」をさがして、3往復くらいした。

 人と接触したくないから、旅館に泊まろうなんて考えはうかばない。たぶん、夜11時ころ、湯沢市の三関のあたりの、雄物川の西側の田んぼのわきに車をとめて、仮眠することにした。でも2時間もしないうちに、こころぼそくなって、涙目になって(うるうる)、秋田市の方へむかった。深夜の秋田市を通りすぎて、「おれはいったい何やってんだろう」って思いながら、Uターンした。

 どの道を通ったか、もう覚えていないけど、三日目の昼ごろに新潟市に到達した。もう3日間ほとんど寝てないから、どっかの住宅街の道端に車をとめて、ちょっとだけ仮眠。またひたすら走りつづける。そして、四日目の早朝、愛知県東海市の会社の寮にたどりついて、夏休みの残り3日間(くらい?)、ひたすら寝ていた。

 結局ぼくは、いまにいたるまで、秋田市湯沢台には行ったことがない。あっはっはっ(笑)

 でも、いま住んでいる、秋田県湯沢市の「寺沢」が本命になったから、まあいいか。っていうか、これって、神ちゃまのユーモアだよね。ぼくが決めたんじゃありません。

 ぼくって、すごく変なやつでしょ? でも、神ちゃまは、こんなぼくでも、神ちゃまのお仕事に使ってくれるんだ。神ちゃまは、ほんとうにやさしいんだね。

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123聖ヨゼフのユリ

 ケチンボと貪欲とは双子のようなものです。貪欲とはエバが最初に犯した罪のひとつで、今でも女性の方がこの罪にずっと深く染まっています。ローマ・カトリック教会の今の状況は、以前とは違い、ほとんどの教区・小教区の司教・司祭に女性の取り巻きができています。以前は聖職者の貞潔を損なうまいと、女性は司教・司祭と距離を置くよう自ら心掛けていたものです。取り巻きを作っている女性たちは聖職者を真理に対して盲目にさせ、自分たちの望み通りに彼らを操っています。取り巻きになるのは甘い汁が吸えるからです。利用できるからです。すなわち貪欲の罪がこの行為の根底にあるのです。

 日本の、このマリア様のミッションでも、勇気ある一人か二人の司祭がいる時期、女性たちは司祭をかこおうとし、奪い合いのような行動に走りました。本来司祭とは、いろいろな賜物を非常に豊かに神から与えられており、たった一人でも多くの人を導くことができます。聖パトリックがたった一人でアイルランド中をカトリックに改心させたり、聖フランシスコ・ザビエルがたった一人で日本も含め、アジアの多くの人々改心させたのがそのよい例です。神がこのミッションにお与えになる司祭は、たった一人か二人ならば、その司祭はミッション全体のために働くように召されていますし、彼らにそれは十分可能です。

 このミッションにおいては、日本人は司祭を自分のグループのためだけにかこおうとし、取り巻きになったり、なろうとしました。そのためにある司祭は十分に働くことができませんでした。限られたグループに独占されてからです。また、別のある司祭は全世界のために働く偉大な使命に召されていましたが、取り巻きの幻視者たちが日本のためにかこおうとし、その使命を失わせたので、彼はすべての使命を失ってしまいました。日本人が、特に女性たちが、この貪欲の罪を改めようとしないなら、たとえ神様が新たにまた、司祭を送ってくださっても、その司祭は本来の使命を果たすのを妨げられるか、悪くすればすべての使命を失わされてしまうでしょう。司祭をかこう派閥心、取り巻きになろうとする貪欲の罪がもたらす悪い結果は、これほどまでに重大なのです。

 それで皆さん全員に言います。特に女性は心して聞いてください。あなたは自分の回りに取り巻きを作らせてはいけません。取り巻きの一人になってはいけません。派閥をつくってはいけません。派閥に加わってはいけません。閉鎖的な仲良しグループを作ってはいけません。閉鎖的な仲良しグループの一員になってはいけません。公的な使命に召された人を自分個人のために利用してはいけません。公的な使命に召された人をかこって、他人から遠ざけてはいけません。絶対にですよ! 

 公的な人から私的な利益を期待するのは、公私混同も甚だしいのです。これもまた、女性が社会においてしばしばおちいる行為です。しかしもらおうとするのをやめ、逆に与えようとしない限り、皆さんはこれらの行動をやめることはできません。だから天国以外の何ももらおうと望まないでください。この世で持っているものは何もかも、神と隣人に与えつくしたいと望んでください。そうすればこれらの行いをやめることができますし、それによってのみ、皆さんは自分の貪欲の罪を克服できるのです。

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追伸:
 ジャン・マリー神父は、文章はきついことを書いているけど、すごくやさしい神父だよ。とくに、間違っている人、罪人にたいして、信じられないくらいあわれみぶかい神父ですよ。こわがらないで、心をひらいて、悪さをもろだしにしてね。みんな受け入れてくれますよ。

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2009年の春旅、これにて終了♪

2009年の春旅、これにて終了♪

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春旅の番外編♪ 6

春旅の番外編♪ 6
帰りの電車の中でアイスクリーム♪

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春旅の番外編♪ 5

春旅の番外編♪ 5
北上駅の0番ホーム♪

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122-2聖ヨゼフのユリ

 日本人はケチンボで、マリア様のこのミッションで20年間行なってきていることは霊的ケチンボの行ないです。ケチンボの人に対しては、神様も同じようになさいます。それで恵みは十分いただけず、恵みが不足するので、企てたことはすべて失敗してきたのです。与えれば100倍も豊かに神様は与えてくださるというのに……。

 日本人がケチンボだと私が書いても、皆さんにはその自覚がないでしょうね。日本ではそれが標準なのですから気がつかなくて当然です。

 自分のこととして気づかせるために、別の例をあげましょう。日本人が祈るとき、「私にください」という願いごとをします。ローマ・カトリックの伝統では、そうではありません。「私たち全員にください」という願いごとをするのです。自分が得たいと思う恩寵があるとしますね。祈るとき、自分がその恵みをいただくことだけを考えていませんか? 他の人のことは忘れていませんか? もしそうだとしたら、あなたはケチンボです。ケチンボほど惨めな人種はいません。我慢ならない人種はいません。神様の仕事をするには全くふさわしくない人種です。

 マリア様は日本人も日本に聖シャーベル修道会の共同体を設立するようにと長年促し続けていらっしゃいます。しかし、もしその共同体の中で、このようなケチンボの祈り方を皆がしたなら、恵みはほとんど与えられないでしょう。逆に自分が得たいと思う恩寵を、共同体のメンバー全員がいただけるようにと祈ったら? そしてメンバー全員がそれぞれそのように祈ったとしたら、どれほどその共同体は恵みに満ち溢れることか!

 これは日本では夢物語ですか? 皆さんがケチンボを克服するかどうかにかかっています。今日からそのように祈ることから、ケチンボの克服を始めてください。

 もうひとつ例をあげましょう。宣教師が日本のどこにでも行けるようになった明治時代、不幸のどん底にある見捨てられていたライ病者のために何もかも与えつくして奉仕したのは外国人の修道者でした。また、敗戦後、貧しい人や孤児たちのために真っ先にすべてを与えて活動したのも、ゼノさんのように外国人の修道者でした。

 日本人の修道者は自発的に行動しませんでした。率先して与えようとしませんでした。修道者は私有財産を持たないので、世間の人よりケチになる危険があるのですが、まさに日本では修道者もケチンボになっているのです。世間では貧しい人の方が愛徳のために寛大に自分のものを与えます。貧者の一灯とよく言いますね。修道者は貧しい人の友となり、貧しい人の痛み、苦しみが理解できるようにと全財産の放棄したはずなのですが……。日本人には「与えたい」というモチベーションがほとんどないのです。

 これらのことを皆さんは反面教師としてください。他人ごとではなく、将来共同体に入る人、清貧の修道誓願、または、修道信徒誓願を立てる人は、特にこれらのことを忘れないでください。そして与えるのです。与えつくすのです。日本人もこうして初めてケチンボを克服し、派閥心を捨て去ることができるのですから。

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春旅の番外編♪ 4

春旅の番外編♪ 4
古代米田舎定食♪

うみゃあ、うみゃあ!

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122-1聖ヨゼフのユリ

 マリア様が日本のご自分のミッションの分裂と混乱の主要な原因として指摘なさった派閥心に関してですが、これから私が何度も使う「かこう」という言葉は、「何かをグループ内の人にだけ利用できるようにし、グループ外の人、他のグループの人々に利用させないようにする」という意味をあらわすことを頭に置いて読んでください。

 過去、日本のこのミッションは、司祭をかこおうとしました。幻視者をかこおうとしました。天からのメッセージをかこおうとしました。聖シャーベル修道会の会則会憲をかこおうとしました。英語などのタレントを持つ人をかこおうとしました。翻訳した天からのメッセージをかこおうとしました。組織に組み込むことで人をかこおうとしました。ほかにも重要な情報をかこおうとしました。そして今でもそれをやり続けています。

 これらはそもそも神がすべての人々のために、このミッションに与えたり、送ってくださったものです。聖福音でイエズスは、無償で天からを受けたものを無償で人々に与えなさいと命じておられます。皆さんは読みながら「なんてケチな根性なのだろう!」とあきれていると思いますが、皆さんも日本人です。所属する組織のためという大義名分で世界の善も、個々人の善も踏みにじって行動する人間です。だから同じ立場に立っていたなら同じことをやったに違いないのですよ。

 しかし、「ケチ」という判断は当たっています。そして派閥心を分析するための重要な鍵がそこにあります。人間のこざかしい知恵で自分と仲間だけの利益をはかる行動の根底にあるのはケチンボの精神です。神はこれと全く逆のことをするよう命じています。「与えよ、そうすれば与えられる。押し入れ詰め込み、ゆすり入れ、あふれるほどのものをあなたたちの服のひだに入れてもらえる。人は自分のはかる秤ではかられるのである」(ルカ6・38)と。

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春旅の番外編♪ 3

春旅の番外編♪ 3
ほっとゆだ駅前の、湯夢プラザで、ちょっとはやい昼食♪

頼んだのは、古代米田舎定食。スッゴくうまい!

これで700円は、めちゃ安!

こんどは、ミッシェル・マリー・フランソワを連れていきたいね〜♪

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春旅の番外編♪ 2

春旅の番外編♪ 2
途中、ほっとゆだ駅で、下車♪

ここは、駅舎の中に温泉があるんだね。

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121聖ヨゼフのユリ

 マリア様のこのミッションでは、分裂イコール混乱なのです。それは互いに一致するようにという重大な指示への「ノー」であり、悪魔と自我への「イエス」だからです。日本のマリア様のミッションにおいては、最初から分裂と混乱があり、一致はこの20年間 一度も実現したことがありません。マリア様はそれを大変お嘆きになり、その原因を指摘なさいました。それは派閥心、猜疑心、互いの警戒心です。

 まず派閥心について書きます。過去、日本でのこのミッションでは、最初から地域に分かれて張り合いが行われ、分裂していました。張り合いが行われるのは、各自の心によくない競争心があるからです。なぜ「よくない」のかというと、そこには功名心という不純な動機があるからです。神様のために働く人にとって、功名心という不純な動機は、神様の業を汚し、神様の業を人間の業のレベルにまでおとしめる恐ろしい悪です。まず内的なこの悪を取り除こうとしないことが、派閥心のひとつの根本原因です。これは皆さんにも当てはまりますから、功名心という不純な動機とよくない競争心を完全に捨て去ってください。そうしなければ、神の御目に、善い働き手として認められることは決してないでしょう。

 さてみなさんは系列という日本独特のシステムを知っていますか? 例としてトヨタ、日産、本田、三菱という自動車会社で説明すると、製造部門の下請け工場や部品工場から、販売部門のディーラーに至るまでを完全にかこって、他の自動車会社に利用させないシステムです。革新的な技術をある部品工場が開発しても、例えばそれがトヨタの系列であれば、トヨタはその工場が他の自動車会社と取引することをさせません。その技術が全自動車会社に提供されれば、日本の自動車業界全体が大進歩するとしても、日本全体の利益は無視し、ただ系列のグループ内の利益のみを追求するやり方です。このシステムが、日本の自動車産業が力を結集すればできる進歩を、はばんでいるのはわかりますね。

 日本人はマリア様のこのミッションにおいても、常にこの系列そっくりのシステムを作りました。そして結果として派閥に分かれ、一致団結せず、進歩できませんでした。過去20年間、日本人が皆、これをやったということは、皆さんも同じことをやってしまう人間だということです。これを読んでそうならないようにしてください。派閥心は日本人の文化そのものといえるほど皆の心、考え、行動に根付いてしまっています。ここから脱却して一致を成し遂げるためには、日本人は自分を180度転換させなければなりません。神様のため、マリア様のため、人々の霊魂の救いのためなら、自分の文化さえ否定し、捨て去りましょう。

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コルベ・マリー阿部哲朗の告白録(5)

【 イスカリオテのユダ (2)】

 さっき「フー・イズ・ボス・イシュー(だれがボスなのか?)」というテーマをあげたけど、ルシフェルも、イスカリオテのユダも、「自分自身だけがボス」なんだね。ぼくも同様だ。遺伝的な気質で、「人間に対する絶対的な不信感」という深い「情緒の傷」を負っていて、自分以外の誰も「目上」「長上」、つまり「ボス」としては認めない。絶対に認めない。自分が「王様」になってしまうんだね。

 地獄の住人は、みんな「自分自身だけがボス」なんだ。ただ力関係があるから、強いものに強制されて、しぶしぶ従っている。でも他の誰も愛してなんかいない。だから地獄には、他のすべてに対する憎しみ、怒り、ねたみしか存在していない。お互いを傷つけあい、想像を絶する拷問が、いっときの休みもなく、永遠に続く。

 この正反対が、愛そのものである神様、天国・煉獄・古聖所(リンボウ)の住人たちなんだ。天国ではかぎりなく、永遠に、「神と隣人を愛する」。神様の愛は無限だから、お互いを愛しあう「愛」は、無限に増大していく。天国は、想像を絶するしあわせなところなんだ。

 イエズスは、「天の国でいちばんえらいものになりたければ、しもべのしもべになりなさい」と教えているんだ。つまり、「フー・イズ・ボス(だれがボスなのか?)」という問いかけに対して、「自分自身がボス」なんてことはありえないんだね。

 「殺人」「強姦」「盗み」は、だれの目にもはっきりとわかる「悪」だよね。目に見えて、隣人を不幸におとしいれるから。でも、これらの諸悪の根源は、「傲慢(ごうまん)」なんだ。「傲慢」は隠すことができる。内的なものだから、「礼儀作法」「美しい服」「地位」「名誉」で表面をかざり、「善い人」を演じきることができる。

 最悪のケースは、「従順」「清貧」「貞潔」の誓願を守り、自他ともにみとめる、「清く、正しく、美しい」、「聖人のような人」を演じきってしまう場合だ。これが、ぼくの本当の姿なんだ(同宿だから誓願はたててないし、聖人には見えないけどね)。善意にみちてはいるけど、「自分が悪い」なんて、これっぽっちも思ってないから、他人と神様からの忠告・助言なんて、まったく耳にはいらない。

 「自分が善人だ」と信じきっている人間ほど、隣人にとってはた迷惑な存在はないだろう。ジャン・マリー神父と共同生活をはじめて約12年、ジャン・マリーは、「コルベ・マリーには、いつも泣かされています、うぅー、うぅー(泣)」って言いつづけてるんだけど、ぼくは、つい最近まで、「冗談だろ!(笑)」って、本当に笑って聞き流していたんだ。(T_T)/~~~

 みんなもいっているように、リトル・ペブル同宿会は「こんなぼくたち」のために、マリアママがプレゼントしてくれた「ぼくたちの居場所」だ。でも、創立後の約2年間、ぼくは人ごとのように思ってた。マリアママから告白録を書くようにリクエストされていて、ブログとか用意したけど、どうしても書けなかった。書くと、無意識のうちに他人を非難し、相対的に自分をもちあげてしまい、「何かへんだ……」と、筆がすすまなかった。

 そりゃそうだね。ぼくは、だれよりも「傲慢(ごうまん)」だから、ほんとうに「自分が悪い」なんて、これっぽっちも思ってないんだから、書けるわけないよ。

 罪のなかで、最悪の効果をもたらすのが「傲慢」なんだ。善悪を正しく認識するための「霊魂の目」がゆがんでしまって、「自分こそ神様に選ばれたもの」「私は、あれこれの掟を守っているから、清く正しく美しい」「私こそ天国にはいるにふさわしい」と信じきって、他のすべての人々を無意識のうちに軽蔑のまなざしでみてしまう。

 善行をいっぱいして、まわりの人々から「すごいわねぇ」「えらいわねぇ」ともちあげられて、内心「鼻たっかだか(はぁと)!」なんだけど、そこに本当の愛はいつのまにか消滅してしまっている。

 これが、ぼくの本当の姿なんだ。ぼくは、リトル・ペブル同宿会の同宿の中で、いちばんたちの悪い性質をもった、「傲慢(ごうまん)」のチャンピオンだよ。でもね、イエズスがいちばんイスカリオテのユダを愛し、お世話したように、マリアママは、ぼくにリトル・ペブル同宿会をプレゼントしてくれたんだよ。

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春旅の番外編♪ 1

春旅の番外編♪ 1
4月9日、残りの青春18切符で、北上線に乗ったのにゃ♪

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春旅の写真集♪ 28

春旅の写真集♪ 28
新庄 クララはソフトクリーム♪

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春旅の写真集♪ 27

春旅の写真集♪ 27
天童 花輪のコロッケ♪

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120-2聖ヨゼフのユリ

 事実として指摘します。同じメッセージを天から受けたら、外国の幻視者は日本の幻視者と全く違う反応します。同じメッセージを読んだら、外国の人は日本人と全く違う反応します。

 その反応の結果として、日本では公的幻視者はすべて落ち、メッセージを信じる人は皆、隠れてしまいました。他の国々では隠れることなく、着々と聖シャーベル修道会の共同体を形成しています。少なくとも共同体設立のためのプロセスを一歩一歩確実に前進しています。どちらが正しい反応をしているかを結果が示しています。

 霊的指導者がいない状況にある皆さんは、非常に感覚的であり、感覚的なものに強く執着するという自分の欠点を自覚し、自分でそれを改める努力をしてください。

 自分の判断に決して自信過剰になってはいけませんよ。また、同じ日本人同士で意見が合ったから、ある考えは正しいなどという判断はしないでくださいね。同じ間違いをするもの同士、意見が合うのは当たり前ですし、みんなそろって間違っているにすぎないのですよ。

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春旅の写真集♪ 26

春旅の写真集♪ 26
天童 人間将棋の会場!

山のてっぺん?に広い公園があるんだね〜♪

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春旅の写真集♪ 25

春旅の写真集♪ 25
天童 人間将棋の会場!

将棋盤は、意外に小さいんだね〜♪

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春旅の写真集♪ 24

春旅の写真集♪ 24
天童 伊藤屋のとりそば!

これもまた、うまうまぁ〜♪

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120-1聖ヨゼフのユリ

「感覚的なものは、本質的なものに向かって歩き始めるための出発点に過ぎません」。この言葉で何を言おうとしているのかを例をもって説明しましょう。

 例えば皆さんのうちの誰かが、幻視者に「私の守護の天使は何色の服を着ていますか?」と質問したとします。たいていの幻視者は、もしその人の守護の天使を神様から見せられていたならば、「こんな色の服で、こういうものを持っていて、こういうお顔で……」という答え方をしてしまいます。幻視者は感覚に与えられ、感覚で受け止めたことにとどまってしまいがちなのです。

 同じ質問を霊的指導の経験を積んだ司祭にしたならば、こう答えるでしょう。「天使は純粋な霊ですから、色、形はないのですよ。人に姿を見せるときは、人が感覚でしか知覚できないので、色、形をとって現れますが、そこに興味を持つのは間違っています。天使を使わして下さる神の愛、そして天使の愛と助けという本質的なことに目を向けなさい。天使の導きが何かを悟ることに知恵を、そして天使のすすめに従うことに力を注ぎなさい」と。

 日本人は感覚的な民族です。つまり理性が弱いという欠点を皆さんは持っています。天からのメッセージを読む場合でも、日本人は感覚でとらえたことを出発点ではなく終着点にしてしまいます。

「もうすぐ災害が起こる」と書いてあれば、「怖い!逃げよう」と考えます。神様が、人間に、祈り、罪を犯すのをやめ、自分と他人の罪ほろぼしをさせたいから、それらをしないと災害をくだすと知らせていること。それらを行なえば災害がくだされないこと、つまり改心によって災害の実現を人間に妨げさせたいから、神様はあらかじめ告げていらっしゃる。では祈りと償いをささげ、この災害を取りやめていただこう、と。「本質」に向かって理性の働きでせまろうと、日本人は一切しないのです。

 霊的指導司祭が幻視者や皆さんを指導するとき、第一にすべきことは、感覚的なことから離れさせ、本質的なことに向かわせることです。しかし幻視者も、皆さんもその指導を受けつけようとしないのです。悲しいことですが、日本人の感覚的な自己流解釈に対する自信過剰は強烈なものですし、感覚的な事柄に対する執着は、頑固なロバや牛以上で、そこから動こうとは断固しません。

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追伸:
 ジャン・マリー神父は、文章はきついことを書いているけど、すごくやさしい神父だよ。とくに、間違っている人、罪人にたいして、信じられないくらいあわれみぶかい神父ですよ。こわがらないで、心をひらいて、悪さをもろだしにしてね。みんな受け入れてくれますよ。

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春旅の写真集♪ 23

春旅の写真集♪ 23
朝ごはん@米沢

うまうまぁ〜♪

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春旅の写真集♪ 22

春旅の写真集♪ 22
福島で、うっうっうまうまぁ〜♪

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春旅の写真集♪ 21

春旅の写真集♪ 21
ペンペンちゃん♪

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119-2聖ヨゼフのユリ

 今までの日本人が最初の一歩目から間違いの中に踏み込んだのと同じことを、皆さんは決して繰り返してはなりません。

 仮に幻視者の方で「能力」という考え方をまだしはじめていないとしましょう。皆さんが「能力」を持った人として幻視者を見、幻視者にかかわるとき、皆さんは傲慢への誘惑者として悪魔の道具として使われてしまいます。幻視者はひとたまりもなく皆さんの影響にのみこまれ、自分に「能力」があるという考えにおちいります。人間的な自尊心をその考え方が満足させるからです。

 あなたが、幻視者が使命を失う、つまり傲慢になって落ちる原因になる可能性はいつでも十分にあります。厳重に警戒してください。また、この間違いにおちいっている幻視者には「教義的な間違いにおちいっているので、改めないと使命を失う」と教えてあげてください。真理からはずれていては、天から期待されている使命を果たすことは不可能なのですから。

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追伸:
 ジャン・マリー神父は、文章はきついことを書いているけど、すごくやさしい神父だよ。とくに、間違っている人、罪人にたいして、信じられないくらいあわれみぶかい神父ですよ。こわがらないで、心をひらいて、悪さをもろだしにしてね。みんな受け入れてくれますよ。

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春旅の写真集♪ 20

春旅の写真集♪ 20
早朝、始発の宇都宮行き車内で、ロビーちゃんといっしょに朝ごはんなのにゃ!

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春旅の写真集♪ 19

春旅の写真集♪ 19
帰りのムーンライトが、旧式の特急車両だったのよ〜!

すごい、なつかしい、落ち着いた感じ♪

すげー、得した気分!

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春旅の写真集♪ 18

春旅の写真集♪ 18
帰りのムーンライトが、旧式の特急車両だったのよ〜!

きゃー、きゃー♪

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春旅の写真集♪ 17

春旅の写真集♪ 17
おいらはふつうのちゃんぽん♪

けっこう量あって、野菜もたっぷり。これで480円、大満足!

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119-1聖ヨゼフのユリ

「幻視者は何でも知っている」「幻視者は心を見通せる」「幻視者にはそういう能力がある」 これらはみな大間違いです。幻視者は神様が知らせたことだけ、ただそれだけを知るのです。幻視者は人の心を見通せません。神様はそのようなことをお許しになりません。幻視者は「能力」があるのではなく、神に使われるだけです。神がお使いにならない時、幻視者は何もできません。天からのものを見たり聞いたりするのは「能力」ではなく、その瞬間の神の働きであって、奇跡によるその人の五感への介入なのです。

 日本には「みこ」と呼ばれる人々がいて、今は霊能力という言葉もあり、皆さんはそれと混同します。「能力」としてとらえるので、「お伺いを立ててほしい」と「みこ」に対してするのと同じことを幻視者にします。幻視者本人も悪魔にだまされ、自分に「能力」があるのだと、「神の介入」を自分の「能力」としてとらえてしまいます。そして「私には何でも分かる」「私は人の心が読める」等々と思いこみます。これも皆大間違いです。天からの使命をいつ失ってもおかしくない傲慢な思い込みです。

 カトリックの伝統がある国では、こんな大間違いは起こりません。日本人の独特な解釈です。悪魔は日本人の欠点につけ込んで、幻視者自身と幻視者を知ることになった人を最初の一歩目から大きな間違いにおちいらせるのです。両方ともが同じ間違いにおちいるので、誰も間違いに気がつきません。日本ではこの大間違いが天下の常識のようにまかり通っているのです。このことが20年間ずっと続いています。

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追伸:
 ジャン・マリー神父は、文章はきついことを書いているけど、すごくやさしい神父だよ。とくに、間違っている人、罪人にたいして、信じられないくらいあわれみぶかい神父ですよ。こわがらないで、心をひらいて、悪さをもろだしにしてね。みんな受け入れてくれますよ。

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春旅の写真集♪ 16

春旅の写真集♪ 16
フランソワ・マリーはミニちゃんぽん♪

減量中らしい♪

でも、けっこう量があるよ〜

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春旅の写真集♪ 15

春旅の写真集♪ 15
秋田にリンガーハットはないのにゃ♪

ロンジン・マリーが頼んだ「太めんセット」。これは初めて見た。

うまそうだにゃあ♪

今度行ったら、これ頼もうかなぁ。

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春旅の写真集♪ 13

春旅の写真集♪ 13
ロンジン・マリー、フランソワ・マリーとひつじたち♪

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118聖ヨゼフのユリ

 聖ヨゼフは「神秘的教会」の保護者です。「神秘的教会」は、私的啓示で導かれる人々と、その私的啓示を信じ、受け入れ、従う人々が構成しています。皆さんには初めての言葉ですね。この「神秘的教会」のメンバーは本来、霊的指導のたまものをいただいている聖職者から守られ、導かれ、支援されるはずなのです。それが神の御旨であり、「神秘的教会」のメンバーもそう願っています。しかし聖職者、つまり司教・司祭は神の御旨への反逆に陥っていて、「神秘的教会」を弾圧してきています。司教・司祭が正しい指導を与えないなら、「神秘的教会」は個人個人たくさんの間違いを犯してしまいます。

 ほぼ20年間、この日本で「神秘的教会」のメンバーとなった日本人たちがおちいってきた間違いを、私はこれから書きます。司教・司祭が正しい指導を与えない状況下で、過去の過ちを反面教師にして、皆さんが同じ過ちにおちいるのを避けることができるようにするためです。

 いつくしみ深い父である聖ヨゼフがここに、皆さんの中にもう一度生きてくださったなら、父として子供がおちいるに違いない危険をあらかじめ教え、どんなに耳に痛い忠告でも、まことの愛をもって与えるに違いありません。放っておけば必ず皆さんも同じことをします。いいえ。人々の心は年々どんどん悪く、汚くなってきていますから、きっと同じことではすまないでしょう。もっと甚だしく間違えるに決まっています。それで皆さんは、他人事として読まず、自分に内在する問題が明らかにされているものと受け止めて読んでください。

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追伸:
 ジャン・マリー神父は、文章はきついことを書いているけど、すごくやさしい神父だよ。とくに、間違っている人、罪人にたいして、信じられないくらいあわれみぶかい神父ですよ。こわがらないで、心をひらいて、悪さをもろだしにしてね。みんな受け入れてくれますよ。

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春旅の写真集♪ 12

春旅の写真集♪ 12
予告通り、すがきやにて

ロンジン・マリー、フランソワ・マリーのお誕生パーチーやったよ〜♪

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春旅の写真集♪ 10

春旅の写真集♪ 10
クララのいちおし★

横浜の崎陽軒「おべんとう」春バージョン♪

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今日の「あかね」と「やよい」♪

今日の「あかね」と「やよい」♪
今日はアンナリアちゃんの祝日。

まだ着陸していないよ♪ 予定の7ヶ月はとっくに過ぎたけど、あかねとやよいは、まだちゃんとクララのおなかの中にいるよ♪

 マリアママ、ガブリエルちゃん、アンナリアちゃん、アレンドゥスちゃん、よろぴくね♪

着陸したら、みんなに知らせるよ〜♪

【 取材etcの連絡先 】
  〒012‐0106
  秋田県湯沢市三梨町字清水小屋14
  リトル・ペブルの「清水小屋」共同体
  ジャン・マリー杉浦洋 神父
  Father Jean-Marie of the Risen Son of God
  TEL/FAX: 0183−42−2762
  Eメール:charbeljapan@nifty.ne.jp
  URL : http://homepage1.nifty.com/charbeljapan

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春旅の写真集♪ 9

春旅の写真集♪ 9
シャーベル、同宿服、初登場!

クララと、横浜のカラオケボックスで熱唱♪

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春旅の写真集♪ 8

春旅の写真集♪ 8
シャーベル、同宿服、初登場!

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春旅の写真集♪ 7

春旅の写真集♪ 7
牛肉どまんなか!

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春旅の写真集♪ 6

春旅の写真集♪ 6
そして定番の牛肉どまんなか!

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春旅の写真集♪ 5

春旅の写真集♪ 5
これ何だと思う?

JRの東北の普通列車には、かならずトイレがついていて、

なかには、こんな立派なのもあるんだよ♪

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今日、メールいただいたKHさんへ

連絡がつかなくなったので、この場をかりて、お返事します。

 もう一度、ご両親に↓がいやであることを、はっきりと話してください。他にもいやなことがあったら、全部、ご両親に言うんですよ。そして、どうしてもご両親から拒否され、いやなことを強要されるのであれば、「私はどうしてもいやだから、家出失踪します」とご両親に宣言して、行き先を言わずに家出失踪してください。

 何のために「家出失踪」するのかを、はっきりとご両親に宣言することが重要ですよ。

 堂々とご両親に「家出失踪宣言」をしてもらえば、こちらでは、□□さんを緊急避難として受け入れる用意があります。□□さんがこちらにこられたら、湯沢警察にいっしょに行って、「こういう事情でこちらであずかっています」と説明します。警察に協力してもらいながら、問題の解決についてとりくんでいきましょう。

 まずは、どうどうとご両親に、↓のようなことがいやであることを、正々堂々と話してみてください。堂々と話してみれば、たぶん、ご両親は態度を変えると思いますよ。

----- Original Message -----
>Date: Sat, 04 Apr 2009 17:16:49 +0900 (JST)
>From: □□
>To: charbeljapan@nifty.ne.jp
>Subject: □□です。
>
>
>父の知り合いに趣味で行っている画家の人がいて、父に言われてモデルの手伝いをしているのですが、最近水着にさせられたり、変な事をされたりします。父に話をしても相手にしてくれないどころか、勝手に予定など決めてやらされたりします。

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春旅の写真集♪ 4

春旅の写真集♪ 4
JR山形駅♪

前回の冬旅では、路面が凍ってて、駅ビルのそとに出れなかったんだ。

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春旅の写真集♪ 3

春旅の写真集♪ 3
おいらは 温かい とりそば ♪

とりチャーシューがまたうますぎ!

漬け物とか2品もついて650円、大満足だす♪

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春旅の写真集♪ 2

春旅の写真集♪ 2
クララは 冷たい とりそば ♪

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春旅の写真集だお♪ 1

春旅の写真集だお♪ 1
天童 大久保の とりそば

めちゃうま!

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旅の途中♪

旅の途中♪
だよ〜♪

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