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126-2聖ヨゼフのユリ

「なぜメッセージ等の翻訳をかこって、他のグループに使わせないのですか?」と皆さんは質問しますね。それは自分のグループの利益だけをはかる派閥心なのです。つまり、メッセージ等の翻訳をかこうのは、世間的な集金システムの整備なのです。ですからもちろん世間的には法律的に認められた行為です。しかしこれは、神の祝福をいただける行為ではありません。

 例をあげて説明しましょう。コルベ神父様は日本に来て、宣教事業を開始し、「無原罪聖母の騎士」誌を出版しました。この月刊誌は、購読料を払いたい人は払う。払えない人はただで受け取るというシステムで発行されていました。これは世間的集金システムを知ってる人には、気違いざたとしか思えないシステムです。しかし、この「神の摂理に信頼して寛大に与える」というシステムは神の祝福をいただき、読者はどんどん増え、経済的にもうまくゆき、宣教事業は急速に発展し、多くの日本人に救霊をもたらしました。

 コルベ神父様の後継者に日本人会員がなっていくと、日本人はコルベ神父様のシステムを世間的集金システムに切り替え、そのシステムを整備してゆきました。ところがそうすればそうするほど読者は減少し、経済的にもまったく成り立たなくなっていったのです。これはコルベ神父様の精神による「神の摂理に信頼して寛大に与えるシステム」は神からのものであったことと、日本人会員たちの精神による世間的集金システムの整備は神からのものではなかったことをはっきりとあらわしています。

 ローマ・カトリックの宣教事業においては、すべての時代に、世界のどこにおいても「神の摂理に信頼して寛大に与える」人々は、神の祝福をいただくので、どんどんその事業が発展し、逆に人間的手法で経済を確立しようとする人々は、神の祝福をいただくことができず、徐々に行き詰まってゆき失敗に終わります。今ももちろんこのマリア様のミッションにおいても世界中でこのことが起こっています。

 リトル・ペブルさんは天から与えられたメッセージを発行するのにただで与えるだけです。広め方も何の制限もせず、インターネットですべて公開しています。翻訳者を許可制などにしたりしません。人間的に考えたら宣教事業の経済は成り立つはずがないのです。それなのにたくさんの反対者が経済的にぶっつぶしてやろうとあの手この手で挑んできても、事業は発展し続け、メッセージの支持者も全世界で増え続けるばかりです。

 日本の聖シャーベル修道会はコルベ神父様のシステムを採用しています。「箱舟の聖母」誌を、マリア様のためにすすんで奉仕したい人は寄付を出して読みます。そうしたくない人はホームページに数カ月後に無料公開されるのを待ってただで読みます。どちらの人も自由にコピーして読みたい人、読ませたい人にどんどん配ってよいのです。世間的に考えたらただで読めるものをお金を出して読むバカはいないと思うでしょうが、私たちには宣教事業に必要なお金はいつも送られてきているのですよ。これは毎日が奇跡の体験といって過言ではありません。

 しかもキリスト教徒でない多くの日本人が、私たちの宣教事業を通してリトル・ペブルさんと、天からのメッセージをもうすでに知っているという実りも実っています。これで十分わかりましたね。神の御旨は、私たちが「神の摂理に信頼して、持っているもの寛大に与えること」なのです。

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追伸:
 ジャン・マリー神父は、文章はきついことを書いているけど、すごくやさしい神父だよ。とくに、間違っている人、罪人にたいして、信じられないくらいあわれみぶかい神父ですよ。こわがらないで、心をひらいて、悪さをもろだしにしてね。みんな受け入れてくれますよ。


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