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「33年」(34)心の死 (その2)

「33年」(34)心の死 (その2)
 六左衛門がゆっくり、そしてきざみこむように話しはじめる。

六左衛門
「シスト、カタリナ。君たちは、一万回死んで、高麗を救うことができるよ。」

 シストとカタリナは、六左衛門を見る。

六左衛門
「自分に死ぬということを一万回も、それ以上も行なえば、君たちの愛する祖国を、君たちは神に救ってもらえる。必ず、きっとだ。」

シスト
「自分に死ぬって。」

六左衛門
「自分を殺して、自分の望みじゃないことを行なうこと。自分の好みや、望みや計画ではなく、それと対立する神の好みや望みや計画を受け入れて実行すること。これが自分に死ぬことだよ。」

シスト
「具体的には、何をするんだい。」

六左衛門
「このあいだ君たちが、パウロ茨木とレオン烏丸からさずけられた遺言を、実行することだよ。」

シスト
「あわれみの全くないやつらを、あわれまなきゃならないのかい。晋州城でやつらは、赤ちゃんにいたるまで何万もの人をみな殺しにしたじゃないか。」

 シストは、抗議する。

カタリナ
「なぜ秀吉までも愛し、ゆるし、祝福し、祈ってあげなければならないの? どうやってそんなことが実行できるの?」

 カタリナも抗議する。

六左衛門
「君たちが、できないって思うのは当然だ。同じ立場だったら、ぼくにだってできないもの。だから、あの3人の聖人たちに助けてもらうんだ。彼らはやってのけたじゃないか。そして、君たちにそれをやるようにすすめた当の本人なんだから、必ず助けてくれるよ。彼らは、神とともにあわれな侵略者の秀吉と日本人をあわれんで、祖国のために功徳(くどく)をつんで、それをささげた。2月5日までに彼らがやってくれたことを、今日から今度は君たちがひきつぐんだ。
 いいかい。神は全てを支配しているんだよ。この侵略をやめさせることも、神様にはできるんだよ。ただ、そのためには神と一致して愛とゆるしとあわれみを実行する、いけにえになる人間が必要なんだ。ほら、イエズスが自分を殺す人々を愛し、ゆるし、あわれんで、『父よ、彼らをおゆるしください。彼らは、何をしているのかわからないのですから』って祈っただろう。功徳をつんで、それをささげることによって、神が何でもなさってくださる。これを信じるんだよ。」

カタリナ
「高麗を救うことが私たちにできるの?」

六左衛門
「神は、全てを支配してらっしゃる。だから高麗を救う唯一の方法がこれなんだよ。神にやってもらうんだ。」

シスト
「この方法しかほんとうにないのかい?」

六左衛門
「秀吉と日本人は、確かに悪魔に導かれている。その悪魔に打ち勝つには、愛とけんそんしかないんだよ。なぜなら、悪魔には愛とけんそんがこれっぽっちもないから、愛とけんそんを実行する人間と戦うと、混乱し、負けてしまうんだよ。この方法をえらべば、それが、実行できない弱く悪い自分自身に直面する。その時こそへりくだって、自分の弱さ悪さをみとめ、神に、天使たちに、聖人たちに、特にあの3人に『助けて』ってたのむんだ。それで、けんそんになれるんだ。
 悪魔が秀吉と侵略軍を守っていると考えてごらん。そしたら、悪魔より強いほうに頼むしかないってわかるだろう。その神に願いをかなえてもらうには、君たちがまず神の願いをかなえてあげるんだ。」

 シストとカタリナに、今は、もうすでに強力な助けが聖なるあの3人の殉教者から与えられはじめている。シストとカタリナに、彼らの姿と言葉がありありと脳裏によみがえる。六左衛門の言葉だけでは、2人にはこの試練はのりこえられないにちがいない。しかし、生きた模範をふたりはもっている。天国からの助けを送ってくれる生きた模範だ。彼らにはできた。しかも子どもにすら。

 林の親分とおかみもいっしょになって考えている。13才のアントニオの模範が彼らにはある。もちろん天国からのこの子の助けもだ。

六左衛門
「実はね、こんどの26人の殉教が日本ではじめての殉教ではないんだよ。イエズス会のパードレが、過去何人も仏教の僧りょから毒殺されているんだ。ぼくたちイエズス会の関係者は、それでも日本人を愛し、ゆるし、あわれみ、救いを願っている。ぼくにとっては敬愛する恩師たち、ポルトガルやイスパニアの会員にとっては愛する仲間が、何人も暗殺され続けているのにだよ。彼らのとうとい犠牲と、ぼくたちのゆるしと愛とあわれみを合わせて神様にささげ、日本を救っていただくためにね。」

林の親分
「でも秀吉を愛するってどうすりゃいいのかい? おれはあんなやつ大きらいだぜ。」

林のおかみ
「わたしもさ。好きになんてなれっこない。あんなやつ。」

六左衛門
「愛は、好き嫌いにとらわれず、相手の善を願ってあげることなんだ。だから、『秀吉が救われますように』って、神様に願うことで、大嫌いなままでも愛したことになるんだよ。」

 シストがつぶやく。

シスト
「自分に死んで、いけにえの愛にいきる……」

 シストがまたつぶやく。

シスト
「父よ、秀吉と日本人をお許しください。秀吉と日本人は、何をしているのかわからないのですから…」

 皆がシストのひとりごとに耳をすましている。

シスト
「これを言うのは死ぬほどつらい…」

 カタリナが何度もうなずいて、胸に苦しそうに手をあてる。

シスト
「でも高麗を救うにはこれしかない。だったらぼくはやる。ぼくたちはやる。」

 シストはカタリナを見、カタリナは答える。

カタリナ
「うん。」

林のおかみ
「わたしたちもいっしょにやるからさ。」

林の親分
「そうだ、そうだ。シスト先生と奥さんの祖国のために、おれたちもいっしょにやってやるぜ。なあ、六左衛門。」

六左衛門
「もちろんだ。」

シスト
「今、この言葉を言ってみて、ぜんぜん許せていない。愛せない、あわれめない自分がはっきりわかる。ぼくは最低最悪だ。三人の殉教者とくらべたら、なおさら自分のみにくさが思いしらされるよ。」

カタリナ
「六左衛門。でも、『秀吉と日本人を救ってあげて』って言えば、それでも高麗を救えるのよね。心が反対のことをさけんでいても。そうでしょ。」

六左衛門
「そのとおりだよ。いや、むしろ感情が反発し、言うのがつらければつらいほど、自分に死ぬ、いけにえの愛に生きるってことが、よりできているってことなんだ」

カタリナ
「よかった…。私は、今は、心から言えないもの」

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2008年9月20日 UP
著者 ミッシェル・マリー・フランソワ奥田力
(C) 箱舟の聖母社

http://lphakobune.web.fc2.com/33nen_034.html


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