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ブラザー・サン、シスター・ムーン

また見て、泣きますた。アシジのフランシスコの単純、素朴な生き方にあこがれます。


最後の教皇 第3巻、届きますた!

やあ、上出来、上出来! 便利な時代になったもんだねぇ。1冊単位から作ってくれるから、ちょっと単価は高めになるけど、ひと昔前では考えられなかったです。

そうそう、きのう面白い事件があったよ! ミッシェル・マリー・フランソワが「米ぬか洗顔フォーム」で歯をみがいちゃったのよ! 「げっ、げえっ~」 歯磨き粉のチューブと似ていたから間違っちゃったんだね。時ならぬ第二変声期だわね! せば、まんず!


マリー・マドレーヌの着衣式

今日のミサ中、マリー・マドレーヌの着衣式が行われました。
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「リトル・ペブル 最後の教皇 第3巻」出版!

http://homepage1.nifty.com/charbeljapan/hakobune_index.htm

また、今回(2006年6月23日)、「箱舟の聖母社」の既刊の料金体系を見直すことにしました。基本的に3000円以上のお買い上げの場合、送料無料とします。「153本のマリアさまのバラ」「聖シャーベル修道会の会則会憲」は各2000円ですが、現在、例外として一冊2000円(送料・消費税込)として販売しております。こちらのリスト(クリックをご参照ください。表示価格は「送料・消費税込」の価格です。


「最後の教皇」第3巻

 やっと、データのアップロードまでこぎつけた。たぶん今週中に出版できるでしょう。ああ、やっと肩の荷がおりた。大変な作業だったなぁ! ご協力いただいた皆さん、感謝です!
 「リトル・ペブル 最後の教皇」は1998年から2000年にかけて執筆されたもので、英語で第3巻まで発行されています。「教会調査」の資料としても非常に重要な価値のある本ですが、なんせオーストラリアの人たちも手が足りなくて、原本も一部やっつけ仕事的なところがあります。日本の人たちが見たら、時系列がめちゃくちゃで、わかりにくいところもあるかもしれません。
 でも、今回の第3巻では、1994年8月に起こった日本発「神秘的教会の世界的な大分裂」など、日本に関係する内容が半分以上含まれていて、とても興味深いです。読めば読むほど、いかにリトル・ペブルさんが堅実な人で、神と教会にどれほど忠実であるか、わかっていただけると思います。
 聖パウロ、十字架の聖ヨハネ、聖ジャンヌ・ダルク……、非常に聖性の高い人々が無実の罪をきせられ投獄された例は、カトリックの2000年の歴史の中で枚挙にいとまありません。皆さんも「リトル・ペブル 最後の教皇」第1巻~第3巻まで、一度読んでみてください。リトル・ペブルの「真実の姿」をそこに見出すことでしょう!

 よし! 次の仕事は「幼な子」路線でリニューアルだ! でも、まだ具体的に何のアイデアも持ってない「コルベ・マリー@じじい」でした。あるのは「聖ヨゼフの百合」のあと、「マリー・マドレーヌの自叙伝」を掲載する計画があるくらいかなぁ……。まぁ、いつものことだが「でたとこ勝負」だ! マリア様にお願いしよっと!


まさに「寺沢(Terasawa)」の直下で地震!

 ここは、今まさに話題にしている韓国の最初の殉教者「シストとカタリナ夫妻殉教者」が投獄されていた「寺沢(Terasawa)」の直下ですよ。ここでマリア様の御出現があったとです。びっくらこいたな! ここで他の日本人14名とともに「シストとカタリナ夫妻」は投獄されていて、牢内で2名が獄死しているそうです。だから殉教地でもあるわけですね。このあと、100km先の秋田市に連れていかれて、秋田市の「久保田城」近辺で斬首されて殉教しているらしいです。先の「なぞなぞ。ここどーこだ?」の答えは、ここ「寺沢(Terasawa)」だったんですね。
http://charbeljapan.cocolog-nifty.com/charbeljapan/2006/05/post_2bee.html

  ああ、そうそう。追加ですが、今日、ここで「小野小町祭り」が行われるですよ。「小野小町」は平安時代(?)の人で、日本史上、最高の美人だそうです。1000年以上前の話だから、今でも美人が残っているかどうか、わかりませんけどね……。一度、見に来て確認してみるといいですよ!

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2006年06月11日05時27分 気象庁地震火山部 発表
11日05時22分頃地震がありました。
震源地は秋田県内陸南部 ( 北緯39.0°、東経140.6°)で震源の
深さは約10km、地震の規模(マグニチュード)は3.4と推定されます。
各地の震度は次の通りです。
なお、*印は気象庁以外の震度観測点についての情報です。

秋田県 震度2 湯沢市横堀*
震度1 湯沢市沖鶴 湯沢市佐竹町* 湯沢市皆瀬*
羽後町西馬音内* 東成瀬村田子内*

この地震による津波の心配はありません。
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リニューアルの構想……

 今日は、ジャン・マリー神父のいいお説教があったので、皆さんにもお伝えしましょう。皆さんが「マリア様のために」「神様のために」お仕えする、と言うとき、その「動機」はなんでしょう? ジャン・マリー神父はここ秋田県の横手市にいた時、15歳の時だったそうですが、横手教会のビールブッセ神父様から、「司祭のマリア運動」の小冊子をもらったそうです。今から約30年前のことですね。その中で、マリア様は教会が現代主義に侵され、多くの羊たちが間違って導かれていることを嘆かれ、「血の涙」を流しておられるということが書かれていました。それを知ったジャン・マリー神父は、「マリア様、僕が血を流して殉教する司祭になって、マリア様の涙を拭いてあげるね」と誓ったそうです。それが、彼が司祭職を目指すきっかけとなり、今もなお、すべての行動の「動機」「原動力」になっていると証ししました。
 皆さんは、どうでしょう? ふりかえって見ると、私も最初はずいぶん不純な動機で、このお仕事に加わったものだったな、と恥ずかしく思い出されます。神様の御摂理で、何回か方向転換させられ、今にいたっています。皆さんも、ジャン・マリー神父の子供のような純粋さにならってくださいね。
 さて、今、「幼な子」キャンペーンを行っていますが、この路線で、ホームページ、「箱舟の聖母」etcも全面的なリニューアルを検討しています。最初は幻視者たちに与えられたメッセージを皆さんに配布するだけでした。次の段階は、過去の教訓を学び、まがりなりにも修道会を立ち上げ、リーダーたちを養成することに力点をおいてきました。そして今なお戦力は不十分ですが、いよいよ第3世代の子供たちに向けての宣教の段階へと入っていくわけです。これまでの経験を生かし、「実戦応用編」に入っていくわけですね。
 今、「ちっちゃい子」「幼な子」について、あれやこれや書いているのは、その構想を練っているわけです。まだまだ試行錯誤が続きますが、マリア様が導いてくださるでしょう。

 せば、まんず、どーも、皆さんおやすみなさい!


なぜ「幼な子」なのか?(2)

どもども、昨日の続きです。

 年をとると、目がかすみ、力は衰え、頑固になり……、40超えてから痛切に自覚症状がでてきてるんですが……(弱々しく、笑)  日々、「じじい」としての自覚を深めているコルベ・マリーでごじゃります。
 さて、信仰の世界において大切なのは、知識、能力、体力、経験etcでしょうか? いや、実は一番大切なのは、神様のまったき善、愛、無限のあわれみに「幼な子」のように信頼しきることなんです。これは、私のように「じいさん」でも可能なんでしょうか? 実は充分に可能なんです。
 知識、能力、体力、経験etcは、肉体、精神の世界のことですね。私が言っているのは、その方が何歳であろうと、その方の「霊魂の年齢」のことなんです。外見は70歳のおじいちゃんでも、彼の「霊魂の年齢」は3~4歳程度ということがありえるのです。彼のふるまいは大人らしく、その年相応の知識、能力、経験をもっていても、霊魂は無邪気な子供のよう、ってことが、皆さんのまわりにも、捜せばけっこうあるんじゃないでしょうか?
 幼な子は、無邪気に親を信じ、身を委ねきって、明日のことを思い煩わず、今だけを無邪気に生きています。今、悲しいことがあれば「お母さん!」と言ってお母さんにしがみつき、今、楽しければ、無邪気にはしゃぎまわってます。実は、神様が私たちに望まれていることは、この「幼な子」になって、神様のほうに駆け寄って、「お父さん、大好き!」と言ってしがみついて、抱きついてほしい、ということなんです。
 ちょっと、世間の生活に慣れてしまった私たち大人は、最初、「こっぱずかしい!」ととまどってしまうかもしれません。でも、だまされたと思って、一度やってごらんなさい。特に。私たちのまことのお母さんであるマリア様に「幼な子」になってしがみついてごらんなさい。きっと、私の言っていることがそのうちわかってくるようになると思います。
 堅い言葉で言えば「幼子のようにならずんば、天国に入ることはできない」ということですが、やってみると、そう難しいことではありませんね。この単純な秘訣を使えば、赤ちゃんから、じいちゃん、ばあちゃんでも天国に入る、すなわち大聖人になる可能性が充分にありますよね。
 特に、私たち「霊魂の幼な子」がよりすがるのはマリア様ですよ。私の実体験からも証しできますが、本当にマリア様は皆さんを抱きしめて、イエズス様のところに連れていってくださいます。本当ですから、一度、だまされたと思って実行してみてください。マリア様はどんなに罪にまみれていても、決してあなたを見捨てることはありません。どうぞ、私たちのまことのお母様、マリア様に幼な子のように抱きしめられて、天国へと導かれてくださいね。

 せば、皆さん、おやすみなさい。マリア様の祝福と平和が豊かにありますように!


なぜ「幼な子」なのか?

 あぁ、何だか「ダ・ヴィンチ・コード」がらみで「オプス・デイ」で盛り上がっているようですけど、皆さまご苦労様でございます。 「オプス・デイ」の話題でなくて恐縮なんですけど、「聖シャーベル修道会」のカリスマについて一言。

 聖シャーベル修道会の最大の特徴の一つは、「平信徒」が高い聖性に呼ばれているということです。皆さんは、「聖人になる」召命は、独身の神父様や修道士、修道女のお仕事だと勘違いしていませんか? 平信徒たちは、日曜日のミサにだけ行き、聖なる生活を送る神父様方を支える……そんな風なイメージしか持っていないのではありませんか? イエズス様の福音の呼びかけはそうではありません。イエズス様はキリスト信者皆が高い聖性に到達することをお望みなのです。聖シャーベル修道会は、平信徒の「第3部門」を皆さんに提供し、平信徒のメンバーは「修道信徒誓願」をたてます。これは1年ごとに更新されますが、この「修道信徒誓願」は神様の御前に、独身の修道者たちの「初誓願」「終生誓願」と同等のもので、本人が望み、努力するならば、独身の修道者たちをはるかに上回る聖性に達することができるのです。
 既存の修道会は、男子なら約35歳、女子なら約40歳で募集を締め切ります。それ以上の年齢になると考え方が固まってしまい、教育するのが難しいからのようです。しかし、聖シャーベル修道会は、修練期に入ることができる17歳半以上のカトリック信者であれば、誰でも入会の資格があるのです。当然、私のような40以上の「じじい」でも、もっと年上のじいちゃん、ばあちゃんでも入会できます。
 当然、既存の修道会の修練の方法とは違った工夫が必要になってきますね。そこで、「幼な子」「ちっちゃい子」というのがキーワードになります。私のような「じじい」でも、「ちっちゃい子」になれるのだろうか? これが、本質をおさえるということです。

 あぁ、コルベ・マリーじいさんは眠くなってきた。続きはまた明日(?)ということで……、皆の衆、さらばじゃ! おやぷみなさい!


年寄りだけど幼な子?

 ここ一週間ほど、「幼な子」についていろいろ黙想してました。つまり、私のような「じじい」でも、「幼な子」になれるのかなぁ、と(笑)


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