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ウィリアム・カムの若い頃のエピソード

皆さんにリトル・ペブル(ウィリアム・カム氏)の人となりを知っていただくため、「最後の教皇 第一巻」から一部抜粋して公開しました。

第一章 若い頃

 ライン川の近く、西ドイツのケルンという都市で、1950年5月16日、私は生まれました。それは聖人のような教皇ピオ十二世によって聖年と宣言された年でした。私は未熟児で、予定日よりも七週間も早く生まれ、掌に収まるほどの小ささでした。まだ爪ができておらず、両耳はよじれており、体重はちょうど2ポンドでした。医師は私に生存の見込みなしと判断し、私は生後三日目で緊急洗礼を授けられました。私の母は、私は生きることはないと告げられたので、私を家へ連れて帰る許可を願いました。母はまだ十七歳でした。そして両親のもとで暮らしていたので、私をどうしても救いたかった母は、彼らの助けで私のために何かができるのを期待したのです。神の恩寵と計画で私は生命にしがみついていることができました。私の祖父母は、彼らの知恵と経験で、私をどのように世話するか若い母にアドバイスできたのです。彼らは私に食物を摂らせることができました。そうしてだんだんと私が食物に耐えられるようになり、体重が増してくるにつれて、私の食物は普通の濃さの母乳になっていきました。……(続きは、下記URLへ)

http://homepage1.nifty.com/charbeljapan/hakobune_index.htm#lp_vol1_bassui

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5歳のウィリアム・カム(左)、4歳のカレン・カム(右)


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