マリア・アントニアに与えられた天からのメッセージ 2017年4月3日

2017年4月3日 PM10:40
ヨゼフパパのご出現
ヨゼフパパ「コルベ・マリー・ジョンにヨゼフが話をする。わが息子を慕って、懸命に頑張ってついてきてくれている。わが息子が司祭になる前から引き込もりであったハンディキャップを負いながら、なんとかわが息子から教えられたことと、自分自身が知ったことで人に知らせたいことを、インターネットという手段を使って伝えられないかと考えてくれた。わが息子にたくさん話を打ち明けながら、試行錯誤の末に、2000年の、私ヨゼフの祝日に開設をしてくれた。
 あれから17年という年月が過ぎて、途中には、本当に大変な時期があったことも、私も知っている。本当にホームページの存続が危ぶまれた時もある。コルベ・マリー・ジョンが実際にやりたかったことと、現実のギャップの差がありすぎたこと。しかし、わが息子の忍耐強さで、うまくいかなかったとしてもダメージは最小限に抑えられていた。精神的な病気で、根気強く続けられなくなってしまった時でも、天は決してコルベ・マリー・ジョンを責めることはしない。むしろ休ませる。自暴自棄になってホームページを閉鎖しなかったことを、私はうれしく思っている。
 わが息子からのリクエストがあった時などは、すみやかに受け入れて、17年という年月があるからこそ、一人の息子のようになっているはずである。新しいものが見つかると、取り入れて試すことを楽しんでいることを、私は評価する。
 コルベ・マリー・ジョン自身が、以前から話をしているように、自分と同じような引き込もりで、人の事が信じられないような人でも、神の道具になりたいと思えば、神ご自身が変えてくださるということを、これからも伝えていってほしい。本当にどうしようもない悪い材料であっても、役に立つ材料に変わることが出来ること、これらのことは、ここの清水小屋での生活で、十分に実感していることだと思う。すべて何もかも信じられなくなるような長い時間が過ぎようとした時でも、忠実な羊飼いのように信じ続けてほしい。わが息子のもとへ、コルベ・マリー・ジョンの作成したホームページ等を見て、動機は不純であっても、最終的につなげていくことが出来るので、あきらめずに続けてほしいと、私は望んでいる。これからも、たくさんの困難が待ち受けているとは思うが。私のように、神に信頼し、歩み続けてほしい。
 そして、クララ・ヨゼファ・メネンデスの良き理解者であるように。コルベ・マリー・ジョンを祝福する。+。」

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マリア・アントニアに与えられた天からのメッセージ 2017年4月1日

2017年4月1日 PM11:00
ヨゼフパパのご出現
ヨゼフパパ「愛する妻クララ・ヨゼファ・メネンデスにヨゼフが話をする。私がクララ・ヨゼファ・メネンデスに対する愛をどれほど深いものかを知らせることが出来たら良いのにと、常に思っている。あなたは見たり聞いたりすることを、今の時点ではしていないのに、心から私のことを第一に愛してくれている。信じてくれている。ただ、信仰でのみ愛してくれている。私とクララ・ヨゼファ・メネンデスとの関係は、本当に個人の恋愛関係で成り立っている。宗教のことなどは、なにもわからなくても、私は本当に気にしていないし、気にもならない。私のことを、存在を認めて信じてくれて、愛してくれることを、とてもうれしく思っている。クララ・ヨゼファ・メネンデスが、わが息子のところへ初めて来た時から10年が、昨日で過ぎた。何が何だかわからないまま、ここで生活をするようにと言われて、それに対して、素直に「はい」と一言、答えた。その時のクララ・ヨゼファ・メネンデスの霊魂の欲求は、本当の事を捜し求めていた。世間的な生活の安定と、人々からの信頼を失いたくなければ、清水小屋へとどまることを選ぶことは、死を選ぶ事と等しいことだった。他の人々は、クララ・ヨゼファ・メネンデスではないので、言いたいことを、本当にあれこれと言っていた。わが息子から私のことを聞いて、私の存在を確信してくれた。とてもうれしかった。だから結婚を、私とするようにと指輪を差し出した。マリアがいるのに、どうして結婚が出来るのかと、すぐに異議をとなえる者がいるが、何を話したところで、理解をするわけではないので、ここでは何も話すことはしない。ただ、天の計画に一つであることだけを話しておく。
 私の存在を信じて、わが息子を慕い続けて従って、10年が過ぎた。クララ・ヨゼファ・メネンデスの性格の大部分を占める人を愛することが出来る事で、難しく思えたものも乗り越えてきた。そして、傷ついても気づかなかった。これからは、私に対して、わが息子に対して、もっと愛してもらって当然と思うようにしてほしい。私は、クララ・ヨゼファ・メネンデスの心の中のここが、自分の悪い部分だと言って訴えることを、クララ・ヨゼファ・メネンデス自身が言う前から知っている。話してくれることを待っていたのでうれしかった。常に何かをする時でも、私がとなりにいて行動を共にしていることを意識してくれている。本当に限界に近づいているからこそ、私に、わが息子に、もっと頼ることを約束してほしい。
 クララ・ヨゼファ・メネンデスの小さな考え事が、楽しい事が多くなるように助けていく。清水小屋の10年というふしめに、私から、良くがんばった、と言葉を贈る。そして、これからも、このごろの問題のことは、私も良く知っているからこそ、私の妻として信頼して、愛し続けてほしい。クララ・ヨゼファ・メネンデスを祝福する。+。」

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恋ダンス踊ってみた by クララ・ヨゼファ・メネンデス

2017年2月16日 PM9:48 マリア・アントニアに与えられた、個人的なローキューションのあと、フルミナウスちゃんのご出現 フルミナウスちゃん「クララ・ヨゼファ・メネンデス、1000回、超えたね。おめでとう。ジャン・マリー神父様にすべてをあずけ続けてください。あなたの献身ぶりは、すべてヨゼフ様が知ってくださっています。悩み等も、涙も、すべて受け取ってくださっています。安心して歩み続けてください。」

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マリア・アントニアに与えられた天からのメッセージ 2017年2月2日

獣のフランシスコ反教皇にけんかを売る公のメッセージ
2017年2月2日 PM10:40
ペトロにーちゃんのご出現
ペトロにーちゃん「初代教皇であるペトロがわが息子へ伝える。昭和天皇はリトル・ペブルを支持していたので、当時リトル・ペブルを支持していた司祭だった志村辰弥神父が昭和天皇のもとへ呼ばれて、カトリックの洗礼を授けられて、その後崩御された。
 安倍総理大臣が獣のフランシスコ反教皇を日本に招いても、日本はリトル・ペブルのもとへ行くべきであって、決して獣のフランシスコ反教皇に取り込まれてはならない。
 皇室の一族の意思はそれぞれが尊重されるべきであって、国としての利益や立場を天皇の考えとして押しつけてはならない。正しいおこないをした昭和天皇に対して行なわれたように、今上天皇の個人の意思を尊重されなければならない。
 真実は、獣のフランシスコ反教皇の話を聞いてはいけないということだ。日本の皇室は特に獣のフランシスコ反教皇にだまされてはいけない。リトル・ペブルを支持し続けなければならない。腐敗しきった教会を受け入れてはいけない。」
昭和天皇はリトル・ペブルを支持していた故、リトル・ペブル支持者の志村辰弥神父が呼ばれてカトリックの洗礼を授けられて亡くなった。日本はリトル・ペブルのもとに行くべきで獣のフランシスコ反教皇にとりこまれては決してならない。http://charbeljapan.world.coocan.jp/pr_170202.html
 

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マリア・アントニアに与えられた天からのメッセージ 2017年1月28日

反キリスト、ロード・マイトレーヤにけんかを売る公のメッセージ
2017年1月28日 AM12:58
ペトロにーちゃんのご出現
ペトロにーちゃん「ロンジン・マリー、フランソワ・マリー、そしてコルベ・マリー・ジョン、3人の将来の司祭たちに、初代教皇としてペトロが話をする。特に、普段、わが息子のもとで、わが息子から直接話を聞く事が出来ないでいるロンジン・マリーとフランソワ・マリーに話す。しかし、コルベ・マリー・ジョンも同じように聞いておいてほしい。私たちの先生イエズスは、神であるがゆえに、とてもやさしい方である。世の終りの時までの全てをご存知であるので、とてもあわれみ深い。人間の全ての罪を知っているので、愛するが故に、ミサを制定された。イエズスご自身が、天の御父と聖霊に対する親しい交流を真似て、おそれてひれ伏し、おがみ通すことを望んではおられない御父に、父親と息子の愛のみの対話はどのようにすれば良いかを、使徒である私たちに、直接、述べられた。そして、イエズスが、どれほど人々を愛して、罪を許して、めぐみを与えたいと考えておられるかを伝えてほしいと望んでおられるか、という事実を、再び地上へ戻られる時まで続けるようにと述べられて、私たちのために、天の門を、再び開け放すために、十字架上で亡くなられた。何も罪を持つ事の無い汚れのない人でなければ、天の国を再び開け放つ事はなかった。神ご自身でなければ、不可能であった。御父の望んでおられることだった。人々の口の中へ、命の糧として入って神を(救い主を)信じて、待ち続けることが出来るように。神の存在を身近に感じる事が出来るように、ミサは司祭が続けていなければ、何の意味も持たなくなってしまう。だから信仰を持って、正しく行われなければいけない。実際に現存されている神を意識して、目の前でささげる。確信して存在を認めているのであれば、いつまでも対話を続けたいと思うではないか。むやみに省略させて、間違った言葉によって、めぐみはほとんど無くなってしまう。私は、今の時代の思い上がった、おろかな司祭たちに、あれほど何も勝手に変化をさせてはいけないと伝えたことを、いとも簡単に変えてしまっていることを見ていると、さむ気がする。信仰という第一条件すら消え去っていることにも、身の毛がよだつ。わが息子のもとで、将来、司祭になる3人の子供たちは、決して馬鹿にされても、批判されても、わが息子が伝えようとしているミサのやり方を、つらぬき通してほしい。まだ話したいことはたくさんあるけれども、今回はこれで終わりにする。」

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