マリア・アントニアに与えられた天からのメッセージ 2016年12月8日

2016年12月8日 AM11:25
マリアママのご出現
 
マリアママ「今日は、私の事を祝ってくれていて、とても嬉しく思っています。世界中で、私を嫌っている息子たちが多く、涙にむせぶ、私の心をなぐさめてくれているのは、わが息子たちと、少数の人々になってしまっています。私は、私の事を嫌っている人々に対しても、忍耐強く愛して、私のところへ帰ってきてくれることを待ち続けています。神の愛の本当に計り知れないやさしさを、皆が知る時が来るでしょう。私のために、お祝いをしてくれてありがとう。私は、母として、子供の愛情をうけとめます。」

| コメント (0) | トラックバック (0)

マリア・アントニアに与えられた天からのメッセージ 2016年11月23日

2016年11月23日 AM10:28
マリアママのご出現
マリアママ「聖母がお話しします。霊魂を持った人々の中で、人は何かを求めようとします。しかし、あらゆる情報が、たくさんありすぎて、正しいものを一瞬手に入れても情報が多いために、手ばなすことがたくさんあります。あまりの情報の多さと、人々が正しいとする事柄を、強制的に聞き続けた結果、偽りのものばかりを集めて途方に暮れるという結果になります。情報の多さに、自分を見失ってしまいます。最後に出す結論として、何も信じないことが一番だということになります。あらゆる思想を持った人がいて、それぞれの思想を語り続けます。それは、まるで一つの商品が、いかにすばらしいものかとPRするセールスマンと同じように、必死に語り続けます。何にも影響を受けていない人からは、結局、どれも同じようなものだと言われます。あなたがたは、私のことをとても慕ってくれています。何も、物理的に変化がなくても、霊魂に語りかけるものがあるので、それを信じるということが信仰の原点です。人々は何かにすがらないと生きてはいけないように造られました。あなたがたは、気付いているとおもいますが、‘物’ではなく、‘お金’でもなく、まさに寄りすがるべきものは、まことの神のみです。世俗的に成功をしている人でも、やはり心の豊かさは同じではありません。先進国の中で、特に都会で生活をしている一人の人と、アフリカのようなサバンナの中で、飢えと病気に苦しみながら、今日一日、生きられるかわからない状況にある人とでは、瞳の輝きが違います。そして、とても素敵な笑顔になるか、ならないかの違いになります。先進国のすべてを否定しているものではありません。心の豊かさの話をしています。今日、私がお話ししていることは、どのような宗教の人にでもあてはまることをお話ししています。たくさんの世に中の仕組みや、お金の動きで、物事が成り立っています。それでも、霊魂のレベルでは、何も役には立っていません。まことの神に寄りすがらなければ、全てはむなしいものになります。そして、お金をたくさん手に入れようとします。そのような状態が続いていくと、最悪の場合は戦争へと発展していきます。極端なお話をしているつもりはありません。私は、人々が避けて通ることを選ぶ問題をお話ししています。あなたがたの信じているものについて、関わりたくない人々は、怒ってあざわらい続けるでしょう。しかし、あなたがたは決して、あなたがたに人々がしたようなことは、しないようにしてください。しかし、話すべきことについては・・。話さなければならないときは、正面から立ち向かってください。信じているものについては、他の人々が、あなたがたにするようなことは、しないでください。世の中で、人々に共感を持たれて、おだやかに過ごしていける方法と、自分の心の中で、確信を持って信じて行動を起こすことは、違う次元ではありません。2つのことをまとめてすることは、本当は不可能なことではありません。しかし、いつのまにか、それとこれとは別という考え方が、当たり前になってしまいました。何か、人生に迷いが生じた時などに、症状を報告して、それに合ったことをアドヴァイスをしてもらう、そんな考え方がほとんどになっています。困った時にかけ込むところ、ということにしておいたほうが、人々は良いと考えています。まことの神である御子(おんこ)イエズスは、私と共に、常にあなたがたの近くで存在しています。良い時でも、常に同じ、変わらない愛を持ち続けています。困っている人々には、寄りすがるチャンスを与えます。何が必要なのか、初めから知っています。それでも運命論ではありません。運命論という言葉は、とても悲しいさみしいものです。そして、因果応報という言葉もまた、悲しくさみしいものです。間違った思想を、強制的な思想を植え付けることによって、最後は失望へと到着します。何のために生まれてきたのかを、わからなくてもいいと、わからないままでもいいという考え方になります。私は天の母として、子供たち一人ひとりに、愛のまなざしを向けています。時には、あなたがたが、嘆く前から、私は涙を流しています。人々は普通に生涯を終えても、病気で苦しみながら生涯を終えても、最期には、まことの神のあわれみに出会います。まことの神は、計り知れないほどに、寛大でいらっしゃいます。いつでも、幼子のように、心の底から泣いてわびる心を起こさせます。泣いてすがりつく子供に対して、天は罰を与えません。たとえ、泣いてあやまることが出来ない子供でも、私は、いつでも両手をひろげて待っています。どうか、神に心をゆだねることをやめないでください。母としての私にも、すがりついてください。たとえ、その子供の心に怒りがあっても、私は母として、笑顔で受け入れます。世の中の子供たち、一人ひとりにお話ししました。素直であってください。司祭の祝福を、全世界の子供たちにお願いします。
ジャン・マリー司祭「全能なる天主にまします、父と、子と、聖霊との祝福、世界中の子供たちのうえにくだり、つねにとどまらんことを、アーメン。」
マリアママ「信じることを続けることが、どれほど偉大なことかを、忘れないでください。終わりにしてください。」
マリア・アントニア「状況説明。今回は、ヴィジョンというか、目線になるんだけど、マリアママの目線で見せられていた。わかりやすく言うと、表がマリアママで・・。マリアママの着ぐるみを、私が着ている、その中から見ている感じ。視線が、マリアママの視線で話をしている。泣いている子供の話のところにきた時は、小さい子がかけ寄ってきて、ひざのところにしがみつくのを、上からみおろしているっていうのを、見せられていて、マリアママの手が、その子の頭をなでている手とかを見せられていた。マリアママのうちがわにいた、という感じです。」

| コメント (0) | トラックバック (0)

マリア・アントニアに与えられた天からのメッセージ 2016年9月15日

2016年9月15日 PM10:00
マリアママのご出現
マリアママ「聖母がお話しします。わが息子をはじめ、箱舟の8人、あなたがたは、様々な、それぞれのタイミングで、小さな箱舟に集まりました。わが息子との出会いを大切にすることを選択して、皆、それぞれ、涙を流しました。どれほどの決断が必要だったか、私は知っています。そして、わが浄配であるリトル・ぺブルとの出会い、「はい」と言うか、「いいえ」と言うかで、過去の人々は皆、ほとんど去って行きました。あなたがたは、自分の気持ちに正直に生きることを選びました。ほとんどの人々が、「そのうち」という答えを出す中で、あなたがたは、すみやかに「ただいま」と答えてくれました。安定した暮らしを求める人々が大勢いる中で、まったく神に身をゆだねてくれました。どれほど、悩み、苦しんだことでしょう。あなたがたのように、ずっと待ち続ける、ずっと信頼し続けて、希望を持ち続ける人が、いかに少ないことか。わが息子のもとへ来た人たちの中で、わが息子を信じて、心を開くことが出来た人々、わが息子の忍耐強さを理解した人々が、今、ここにいる人たちです。あなたがたは、ひとりひとり、わが息子に対して、それぞれのおもいで、ついていくことを決めました。」

| コメント (0) | トラックバック (0)

マリア・アントニアに与えられた天からのメッセージ 2016年9月8日

2016年9月8日 AM10:14
マリアママのご出現
マリアママ「聖母がお話します。私の子供たちが、今日、私のためにお祝いをしてくれたことを、とても嬉しく思っています。子供たちから歌のおくりものをされて、喜ばない母がいるでしょうか?どんなにあなたがたのもとへ、走り寄って行きたいと思っているか。世界中で、私の誕生日を祝ってくれる人々はたくさんいますが、単に、宗教行事の一つとしてで、自分の母として祈ってくれる人は、ごくわずかです。残念なことに、500年前までは、当然のように信じて守られてきたことが、今はすべて間違いだったと、あらためて伝えています。特にあなたがたの日本では、私の名前を聞く時、私に対しての態度が3つにわかれます。一つめは、信じている人に対して、からかいを半分、そしてののしることをします。2つめは、私は信じていますという人々、多くは、信心深い人と言われることを期待する人が、自分が満足できるようにします。3つめは、本当に母として慕い続けてくれて、本当の気持ちを話してくれています。私の事を知らない人々のほうが多いと思います。名前は知っていても、ある物語の中に出てくる登場人物の1人だというぐらいにしか、わかっていない人々もいます。そして、神の母として、形式上でミサをささげる司祭もいます。私は、イエズスと同様に、子供たちを愛しています。私に近づくことが、どんなに簡単なことかを話したいと思います。私は、私に対してきれいな祈りをささげてもらうために、存在しているのではありません。わが子イエズスから、ヨハネを、私の子であると宣言された時にも、それ以前から、私は、イエズスと同様に、皆を愛する子供たちとして、いとおしんできました。十字架上の、イエズスのあの言葉によって、またひとつ、天の御父のみせつりがあらわされました。私に会うために、良い子でいなければ、会ってもらえないと思っている人が、たくさんいます。話をすることさえも、聞いてもらえるわけがないと思っている人たちもいます。私は、ある審査や、予選を通過した人々のみが会える、そんなものではありません。良い方だから、悪い自分達は無視されるだろうとか、あなたのことを知りませんと言うと、思っている人々もいます。あなたがたが悩むこと、苦しむこと以上に、私は愛情を注ぎ続けます。天使たちがしっとするほどに、あなたがたを愛しています。私は、私自身の、あなたがたにした事に対して、すばらしいと思ってもらうことは、考えていません。余計なことをしてくれるなと言う人たちもいます。私は、母としてあなたがたが心を開いてくれるのを待っています。どうか、すなおに、母にしがみつく子供のように、泣きたい時は、泣いてください。格好をつけないでください。あなたがたが、私のもとへかえってくることを、今でも待ち続けています。待ち続けることができるのは、母だからです。おねがいをしないと、何もしてもらえないという、そんな悲しいことを聞かされますが、前もって準備をして、あなたがたが、おねがいをすることを、どんなに待っていることか。多くの人々が、私のことをよく知らないまま、近づくことをおそれています。子供からおそれられる母親が、どんなに母親の本心とかけ離れていることか、わかってもらえたらと思います。どうか、こわがらないで、私にお話をしてください。私は、あなたがたに、仕方がないから近づくのではありません。そして、洗礼を受けていないと、何もしてもらえないという、ばかなこともありません。理屈をならべて、討論を続けるような人々を見ると、とても悲しくなります。何か失敗をした時なども、はげまして、そばにいることが、母の役目です。もう一度、原点にかえってください。すべての人々に、もう1度よびかけます。あなたがたが、私の名前をよぶことを、ふたたび、はじめてください。おもいだすだけでも、かまいません。どうか、私が、あなたがたをどんなに愛しているかを知ってください。日常の小さな出来事でも、感じてもらえたらとおもっています。イエズスの母であり、あなたがたの母でもある私を、もっと好きになってください。すべてのもののうえに、太陽の光があたる時、そして雨が降りそそぐ時、同じように、あたたかくなったり、寒くなったりします。その時に、うれしいと思う人と、めいわくだと言う人がいます。それでも、あとになって、それがよかったんだと気が付いてくれる人もいます。私は、本当に母として世話をやくことが好きなのです。私は、決して、あなたがたをしかることはしません。あなたがたが、かえってきてくれることを、望み続けています。私の名前を、1日に1回だけ、おもってくれるだけでも、私はどんなにうれしくおもうことか!箱舟の8人の子供たちは、これからもマリアきちがいとよばれてください。もちろん、ヨゼフパパファンクラブ、なのですが・・。司祭の祝福を、箱舟の8人にお願いします。
ジャン・マリー司祭「全能なる天主にまします、父と、子と、聖霊との祝福。箱舟の8人のうえにくだり、つねにとどまらんことを。アーメン。」
マリアママ「わが息子のおねだり、そして皆のおねだりを、楽しく聞いています。聞いているだけで、何もしないということではありません。楽しみに待ってください。」
ケルビムちゃん「今夜はパーティーだ!」
マリア・アントニア「状況説明。マリアママは、お誕生日おめでとうって言ってくれたのは、うれしいんだけどって話してくれて、そのあとには、だけどねって言って、マリアママのことを見向きもしなくなった人が多くて、それで、おおやけに否定したりする人たちが多くて、悲しい気持ちでいるんですよって話してくれたんだなって感じた。マリアママと話をすることは、何か、予選でも通過しないと会えないような、そうかんたんにはあえない、と思っている人が多いことも、悲しくおもっているんだって話してくれた。あなたたちが、おもっている以上に、私は、あなたがたのことをおもっているんですよっていうこととか、こわがらないでくださいって、普通のお母さん以上に、あなたたちのお母さんなんですよって。女王様のように、アポイントメントを取らないと会えないような人ではないんですよって、言いたいのかなって感じた。マリアママも、そんなばかげた話はありませんって言ってくれてるから、もっとお話しをしてほしいんだなおもったし、私は、母として、あなたたちが話をしてくれることを、待っていますよって、やさしい言葉で言ってくれた。おいわいをしてくれたことはうれしいけれど、切ないってういう感じだった。ヴィジョンは、今日は、特に何もなかった。話し方は、いつものゆっくりとした調子で、でも、どこか、悲しげな感じがしていた。

| コメント (0) | トラックバック (0)

マリア・アントニアに与えられた天からのメッセージ 2016年9月1日

2016年9月1日 AM10:46
ヨゼフパパのご出現
マリア・アントニア「3回目のフルエクソシズムの時に、最後のところで、アヴェ・マリアをとなえていたんだけど、その時に、『コルベ・マリーは、今日はちゃんとクララをかまってあげなさい。』って聞こえてきた。誰って聞いて、待っていたら、『ヨゼフパパ』だった。今日ぐらいはかまってあげなさいって言ってる。」
ジャン・マリー司祭「どうやってかまってあげるのかは、コルベ・マリーはわかってるの?」
ヨゼフパパ「これから、べんきょうしていくように。家族サービスの第一歩だ。クララはかまってもらえるとうれしいから、でも、あんまりがんばりすぎないように。イエズスの言葉を借りて言うなら、クララにしてくれたことは、幼きイエズスのテレジアねーちゃんにしてあげたことだから、やさしくね!」
マリア・アントニア「コルベ・マリーのまわりを、クララが元気に飛びまわっているものが見えていて、コルベ・マリーはニコニコしていて、クララのほうを見ている。やさしく見守っているっていう感じのものが見えていた。最後には、ソフトクリームを二人でならんで食べていた。そういうのが、あったんだけど。出かけるのなら、ちょっとひとこと言いたいんだけどっていう感じ。私は、またアタックじゃないかって思ったんだけど、でも、ヨゼフパパだった。こういうものを伝えた時に、コルベ・マリーが、どう思うんだろうって、ちょっとドキドキしながら聞いていたんだけど、すごくアドバイスしてくれたみたい。家族サービスみたいなものを、がんばってみてちょ!っていう感じだった。がんばりすぎないように、がんばってねって言ってた

| コメント (0) | トラックバック (0)

«獣のフランシスコにけんかを売る公のメッセージ 2016年8月31日